レスポンスデータをもとにしたテレビ広告効果の推定について

マーケティング事業推進局 企画開発部
青島 弘幸
  • facebook
  • facebook
  • Twitter
  • HatenaB!

本稿の要旨

・テレビ広告もレスポンスデータをもとにした広告効果の説明が求められる時代になった。

・レスポンスデータはいくつかの広告以外の要因も絡み合って観測された値なので、広告効果の知見を得るには統計モデリングを駆使し、データを分解して捉える必要がある。

・分解した要素と広告変数との関係の強さをはかることで、広告効果への理解が得られる。

・本稿で紹介する分析手法はブランド評価やオンライン広告も加味した広告効果把握へ応用 が可能である。

1.本稿のテーマ

オフライン広告の中でもテレビ広告は影響力が強く、広告施策の中で依然として重要な位置を占めていることは異論のないことでしょう。テレビ広告はより幅広い世代にリーチし、動画や音楽など表現手段の多彩さにより視聴者に商品のイメージを醸成させることができます。この特徴によりテレビ広告の施策担当者においては、購買データを元にした広告効果の把握は否定的な考え方をお持ちの方も多いことでしょう。テレビ広告は購買ステージに近い人にアピールして刈り取ることより、認知や好意醸成、ポジショニング、あるいはブランディングといった役割を担い、認知率や好意度、購入意向などの指標で広告効果を推し量るべきだという考えは依然として主流を占めていると思われます。

一方で、多くの市場が成熟しテレビ広告による競合との差別化が実感できず、購買データやそれに近いレスポンスデータで広告の成果を示してほしいという他部門の要求も強まってきているようです。自社のターゲットがネットに接触する時間が増えている企業ではネット施策は日増しに存在感を増しており、広告の予算配分を最適化するためにオフラインの広告も認知率や好意という説明ではなく、レスポンスデータの観点から広告効果を把握 する要請が企業内部で高まってきているようです。

本稿ではこのような課題に対応できる方法について、エッセンシャル(シャンプー)のリニューアルについてテレビ広告の効果を推測する分析事例でご紹介いたします。

2.分析データについて

2-1.CCL社のID-POSデータについて

今回、テレビ広告と購買データの研究にあたり、カスタマー・コミュニケーションズ(CCL) 株式会社様にご協力頂きました。CCL社は全国のスーパーマーケット、ドラッグストアなどの顧客ID付POS情報を収集する事業社です。多数のカード会員組織を横断したID-POS購買履歴は延べ5000万人規模に及びます。自己申告制の購買記録データと異なり、レジで記録されたデータをそのまま記録しており、正確で大規模かつ網羅性も高く、全国やエリア別のメーカー別、ブランド別、商品別の購買動向を全年代にわたって把握することができます。

2-2.シャンプーの購買状況

関東地区にあるドラックストアの購買デー タから、シャンプーの主要ブランドを対象に2013年〜2015年の購入回数シェア※の推移を示します。

※購入回数とは、レジ通過当たりの購入回数。同じ JAN 商品を複数個購入しても1回とカウントし、買い物行動の回数を測るもの。

シャンプーは非常に多くのブランドがひしめき合う競争の激しい市場で、主要メーカーのP&Gやユニリーバ、資生堂はそれぞれ、「パンテーン」、「ラックス」、「ツバキ」など1つのマスターブランドにマーケティング資源を集中する戦略をとっています。一方、花王は「メリット」「エッセンシャル」「アジエンス」「セグレタ」といった多ブランド戦略をとっているところが特徴的です。【図表1】から13年から15年の動きでは、「エッセンシャル」が好調で花王全体のシェアが伸びていることが分かります。

2016_553_30-35_01.jpg

そこでエッセンシャルの購入回数とGRPの推移をみてみました【図表2】。

2016_553_30-35_02.jpg

14年8月にそれまでにないGRPが投下され購入回数が伸びています。一体、何があったでしょうか。

2-3. エッセンシャルの訴求戦略について

エッセンシャルは「花王フェザー」から暖簾分けされた形で1976年に発売された(wikipe diaより)ロングセラーブランドです。ここ10年の広告訴求の中では、2006年8月に山崎静代、山咲トオルらを起用し展開した『カワイイはつくれる』はいまだ記憶に残る名フレーズでしょう。カワイイは日本文化を表す言葉として世界に認知されるようになっていますが、エッセンシャルは先駆けて「カワイイ」と「商品」との関係付けによるブランド重視型の訴求戦略を行っていました。

その後タレントを入れ替えながら訴求し続けましたが、2013年2月からローラや梨花といった人気モデルを起用しカワイイ路線からの脱却を図りました。おそらく若年層の市場が小さくなっていくので少し年齢の高い層も狙う為の戦略変更でしょう。ダメージケアから指どおりへのポジショニング変更を試みましたが、【図表2】では高い反応がみられていません。

その後2014年8月から嵐の桜井翔を起用し、全面リニューアルを行ないました。「スルスル洗える!ラクに乾く!手グシでまとまる!」というコピーで、洗う時、深夜乾かす時、朝まとめる時に髪の問題を抱えやすいという消費者心理に訴求する戦略変更を伴ったものです。この新しい機能訴求について、わかりやすさと説得力を期待して、高学歴でニュースキャスターを務める桜井さんを起用したのではないかと推測されます。図からエッセンシャルの購入回数レベルが上がったのが見てとれ、リニューアルが成功したことが分かります。

3. 購買データを捉えるモデルについて

ではエッセンシャルの2014年8月以降のリニューアルについて、購入回数によるテレビ広告の効果を推測してみます。分析にあたり重要なことは、購買データが広告以外のいくつかの要因も絡み合って観測された値であるので、分解して捉えていくことです。

広告の要因としては、まずエッセンシャルのGRP効果が上げられます。リニューアル効果を把握するため、桜井翔さんに変わる前と後に分けて出稿を捉えます。また、競合ブランドのGRPが抑制因子として考えられます。花王は多ブランド戦略をとっているので、セグレタは明らかにターゲットが違いますが メリットやアジエンスの出稿がエッセンシャルの購買にどのくらい影響しているのか分かれば、カニバリを避ける出稿を考えることに役立ちます。そして広告の効果は、当期のGRPが当期の購入回数に利く短期的な効果と、前の期の効果がGRPによって一定の割合で残存する長期的な効果に分けて捉えます。

広告以外の要因として、まず価格は考慮すべき重要な要素でしょう。次に季節性が挙げられます。広告に関わらず季節の影響で変化する購入回数は広告効果の推定から除く必要があります。また2014年3月の購入回数が非常に高くなっていますが、広告効果というより消費税施行前の駆け込み需要と思われるのでその効果は取り除くようにします。他にも店頭施策やカテゴリーニーズの変化、ブランド力の向上など広告以外の様々な要素が考えられますが、データの分解は用意できる説明変数に依存します。今回の分析では、こうした要素を潜在的なレベルの変化として捉えていきます。

データを捉えるモデルの要素を【図表3】にまとめました。

2016_553_30-35_03.jpg

推定方法についての説明は省略しますが、各要素間や購入回数との関係性について確率分布を用いてモデル化し、シミュレーションによってデータにフィットする値(の分布)を探っていきます。

4.分析の結果(テレビ広告効果の把握)

まず、構築したモデルによる予測値と実測値を比較すると【図表4】のようになりました。

2016_553_30-35_04.jpg

モデルの中で推定しているベースラインや季節変動のスコアを併記しています。ベースラインをみると直近では減速傾向もみられますが、桜井CM前に15000回くらいから25000回近くにレベルが上がっていることが分かります。季節変動でみられる12月、3月の高まりは年末、年度末に売り場が全体的に活性化する効果が現れたものでしょう。シャンプーの購入サイクルは3か月くらいと思われますが、7月、10月の高まりは季節の変わり目、あるいはこのサイクルが原因となって現れた波かもしれません。

本稿の目的である、テレビ広告効果の推定に議論を移します。広告効果は、【図表4】で表したベースラインや季節変動を実測 値から考慮して推定しています。

まず、短期効果ですが【図表5】のようになりました。

2016_553_30-35_05.jpg

桜井CM前に比べると桜井CM以降の出稿量が購入回数に与える影響は1000GRPあたり で4600回から5200回と約600回数分高まっていると定量化できました。

また、競合ブランドのGRPの抑制効果はエッセンシャルGRPの促進効果に比べると小さいですが、その中では同じ花王ブランドのアジエンスの出稿が-438回とリニューアル効果分をかなり無効にする程マイナスに働くようです。前述したようにエッセンシャルが従来の年齢層より高めに訴求しはじめたことが影響しているでしょうか。

長期効果は前期効果量の「維持率」で捉えていますが、この推移を【図表6】に示しました。

2016_553_30-35_06.jpg

競合ブランドとの出稿量の関係性により変動していますが、リニューアル前後で水準に大きな変化はみられないようです。

維持率の算出元となる係数を【図表7】に示します。エッセンシャルGRPの促進効果は0.436とこの中で(絶対値が)最も高い値を示しています。一方、競合ブランドの中ではアジエンスが-0.417と同じくらいの強さで抑制する方向に働くことが分かります。

2016_553_30-35_07.jpg

この数値を具体的にイメージするために他の対象ブランドの出稿を1000GRPで固定し、エッセンシャルとアジエンスのGRPによる維持率の変化・関係性をシミュレーションしてみるとお互い1000GRP出稿しあえば52.5%と半分くらいの維持率になります。しかし、アジエンスが1000GRP出稿しエッセンシャルが出稿しないと41.7%で維持率がかなり低下します。

アジエンスは美容液による補修効果を訴求しハイエンドな位置づけの商品でしたが、【図 表1】のとおりシェアは年々減少しています。 発売から10年以上が経過する中でブランドイメージが摩耗し、同じ花王の製品でありながら、かなりエッセンシャルと近づいてしまっているのでしょう。この影響を避けるには、ブランド間の差別化をはかる施策が必要です。花王はアジエンスのサブ・ブランドとして15年10月にMEGURI(メグリ)という高価格商品を市場に投入しています。アジエンスのブランド資産を借りたサブ・ブランドでハイエンドな位置にポジショニングし直そうとする戦略で今後の動向が気になります。

5.本稿の分析の応用範囲について

今回の事例では"全体"のエッセンシャル購買データを扱いましたが、ID-POSデータでは性・年齢といった属性はつかめているので、若年・高年での広告効果の違いといったテーマで分析できます。また、ID-POSデータは全国規模で売り上げが把握できています。当社では関東・関西・中部で出稿されたCMについて、今年4月より北九州・北海道といった地区でもGRPを算出できるようになったので、日本国内でも主要な市場である5地区間の広告効果の違いといった分析も可能です。

そして、今回の事例では広告変数としてテレビ広告のみを扱いました。企業内にはWEB関連のレスポンスデータが保有されていると思いますが、それを本稿のモデルの中に取り込めば、オンラインとオフラインの統合的な効果把握が可能になるでしょう。

さらに、今回の事例では広告の長期効果を潜在的なスコアとして扱っていますが、ブランド評価データを定期的に測定していれば、長期効果を表すブランド力と捉え広告変数と購買の間に媒介させるようなことができるでしょう。そうなれば、一層バランスのとれた視点でレスポンスデータをもとにしたテレビ広告効果の把握ができるようになると考えています。

※今回はデータ期間が短かったのでアジエンスの中に MEGURI を含んで分析しています。

この記事をシェアする
  • facebook
  • facebook
  • Twitter
  • HatenaB!