TVウーマン

制作会社の若手ジョシに熱く語ってもらう人気のコーナー「TVウーマン」テレビ局の方だけでなく、制作会社やテレビ業界に興味を持っている、就職活動中の学生の皆さんも是非お読みください!今回のTVウーマンは、エフエフ東放でディレクターをしている宇治 美絵さんです。

00 MIE UJI 宇治美絵

TV MOMEN'S PROFILE

プロフィール内容

QUESTION&ANSWER

QUESTION&ANSEWR内容

INTERVIEW

CHAPTER1 IT業界を蹴って飛び込んだ報道の世界

件や災害が起こるや否や、真っ先に現場に駆けつける。そんなハードな報道の世界に、自ら飛び込んだ宇治美絵さん。
「子供の頃から、両親と一緒に筑紫哲也さんの『NEWS 23』を見るのが好きだったんです。とはいえ、私が就職活動をしていた頃はIT全盛期で、実はIT系ベンチャー企業に内定をいただいてました。でも、いざインターンに行ったら違和感があって。自分がやりたいことを再度徹底的に見つめ直したら、やっぱりテレビで、なかでも報道だと気づいたんです」

 

  すかさず、エフエフ東放で希望の業種を募集していたのを見つけ、入社を決める。すぐにADとして、TBSの夕方ニュース『Nスタ』の制作に携わり、2年半後にはディレクターとして現場を飛び回っていた。ただ……。
「事件や事故の取材を担当していたんですが、被害者にもマイクを向けなければいけない時は心苦しかったです。加害者であれば、視聴者の知る権利から、ある程度報道の必要性があると感じますが、被害者は何の罪もないのに、その家族や友人を取材することにどれだけの意味があるのか。それを視聴者は本当に求めているのか、と思うこともありました。でも、子供や若い人が被害にあった時に、顔写真を報道することで、事件の重大さを共感してもらえるかもしれない。そう割り切って、〝私はそういう仕事をしているんだ?と気持ちを切り替えるようにしていましたね」
  しかし、現場で映像が撮れなければ成り立たない。
「報道に向く・向かないの境界線は、そこだと思います。映像が撮れる人はいつでも撮ってくるし、撮れない人はまったく撮れない。だから、現場に行く人はおのずと決まってくるんです」
  ADとして2 年半、ディレクターとして3年半のあいだ、報道の世界に携わってきた宇治さんの毎日は、緊急出動が多々あったそうだ。間違いなく優秀な報道ウーマンといえるだろう。

CHAPTER2 インパクト勝負から'人'を伝えることへ

事への意識が変化してきたのは、約2年前。宝石商のインド人社長に取材してからだ。
「当初の取材テーマは、社長が入手した12カラットのダイヤモンドを紹介するというものでした。家もキラキラしていそうだなと思って、打ち合わせの際に自宅も見せてほしいとお願いしたら快諾していただいて。そこで、社長の恩師に当たる方などにお話を伺って初めて、社長が裕福になるまでどれだけ日本で苦労したかが分かったんですね。どうしてもその部分を出したくて、社長のルーツを探るという趣旨に変更したんです。

当時の上司に『苦労話があったからこそ、人柄がよく出ていた』と言ってもらえましたが、取材の面白さってこういうことなんだとあらためて思いました」
 それまでは、強い画を撮ることでVTRは面白くなると思っていたという。「社長の取材でも、ダイヤモンドや数千万円の現金をやりとりする映像が撮れることで、VTRが成立する。でも、一見ど派手なだけの社長の人間らしい一面に触れて、人を通じて視聴者に伝えたいことを、きちんと取材で探さなくちゃいけないと感じるようになったんです」
  紀行番組『地球絶景紀行』へ異動したのは、それからすぐのこと。報道の世界で、取材を頑張れば面白いものが撮れるという手応えを感じていた。だが、その自信は最初のロケ地ルワンダで見事に砕かれることとなる。
「文化の違いもあって、ことがスムーズに運ばない。さらに、私自身もロケの面白さを見いだせない。撮る予定だった風景は確かに美しいけど、表面を撮るだけじゃないか、と。現地のガイドの反応も、どこか壁がある。軽い衝撃を受けました(苦笑)」
  戸惑いつつも、徐々にガイドと打ち解けていく過程で、自身がやるべきことに気づいたという。
「そのガイドは、20年前に起こった内戦でいまだ心に傷を負っていました。でも、治安をよくしたり、観光の目玉をつくったりしているという説明のなかで、ルワンダの美しさを知ってほしいという気持ちがひしひしと伝わってきた。国も自分も立ち直ろうとしているのを、すごく感じたんです。そこで『そうだ、この人たちのために撮ろう』と。このことをきっかけに、紀行番組でも〝人"を掘り下げ、伝えることを意識するようになりました」
  オーストラリアでの取材時もガイドの存在がカギになった。
「ガイドの人柄も、彼が案内してくれた景色も本当に素晴らしくて。風景と人柄がマッチしたと感じたので、それが伝わるように意識して編集しました」
  正確性が求められる報道とは違い、紀行番組では自分の好みの世界観を表現できる。「だからこそ、現地の人の暮らしぶりや生き方、習慣などでストーリーを感じることができる紀行番組をつくりたい」と話す。

CHAPTER3 川の水でシャワーを済ませる過酷なロケも

んな宇治さんの毎日は、報道時代とはまた別の忙しさがあるようだ。2~3週間の海外ロケを終え、帰国後1週間以内にVTRを作成することも。
「海外ロケは、コーディネーターが通訳しているあいだに、使いたいところのメモを取れるので、かなり効率的なんです。それでも映像をチェックして編集し、会社のディレクターや、キー局のプロデューサーなどのチェックを受けて修正して、というのを1週間で終えるとなると、1~2日は徹夜になりますね」

  もちろん、取材の現場も想像以上に厳しい場合がある。
「インドネシアで川を巡るロケがあり、4日間くらい船上で生活したんですが、シャワーや洗濯は川の水。しかも、男性のカメラマン、コーディネーターと同室で、カーテン1枚の仕切りで寝泊まりしなくちゃいけなくて。私も気になりますが、男性陣も嫌ですよね(笑)」
  この業界の女性カメラマンはごくごく少なく、こんなことは日常茶飯事。性別を気にしていては始まらない世界なのだ。
「ただ、取材対象者が女性の時は、打ち解けてもらいやすい気がします。報道時代に、ポリオ生ワクチンの被害者の家族を取材した際、母親の方から共感できる話がたくさん聞けたんです。そういう女性ならではの強みは、今後も生かしていきたいです」
  ここ数年は、「こんなに好きなことをさせてもらえる業界で幸せ」と思うようになったとか。
「インド人社長の取材からですね。それまでは、やはりこの業界は大変だと感じていました。でも、社長の人間性に触れ、それをテレビで伝えることができたので、やっぱりこの仕事は面白いなと。その感動を伝えることで人の役に立ちたいですし、それを表現するために常に全力で取り組むことが、制作者の責任だと、今は考えています」