TVウーマン

制作会社の若手ジョシに熱く語ってもらう人気のコーナー「TVウーマン」テレビ局の方だけでなく、制作会社やテレビ業界に興味を持っている、就職活動中の学生の皆さんも是非お読みください!今回のTVウーマンは、K-MAXでプロデューサーをしている小谷中 真実さんです。

003 KOYANAKA NAMI 小谷中真実

プロフィール

Name_小谷中真実 Age_33, Company_K-MAX PRODUCER, Position_プロデューサー,大学卒業後、制作会社でADとして『グータンヌーボ』に立ち上げから携わる。3年後、同番組のディレクターになると同時にケイマックス入社。以後、『桑田佳祐の音楽寅さん』などバラエティ畑でディレクターとして活躍。2011年に産休から復帰し、現在は母親業とプロデューサー業を両立しながら、『きらきらアフロTM』『チマタの噺』などを担当。出演者とのコミュニケーションを大切に仕事をする。

QUESTION&ANSWER

QUESTION&ANSEWR内容

INTERVIEW

テレビの中で笑いたいそれだけを考えていた。

『きらきらアフロTM』収録中のスタジオ後方。スタッフが集まるその中央に、顔中を笑顔にしながらトークを見守るひとりの女性がいた。小谷中真実さん。バラエティの世界では珍しい、ママさんプロデューサーだ。
「幼い頃からテレビっ子で、『ダウンタウンのごっつええ感じ』が大好きでした。中学生の時には漠然と『テレビのなかで一緒に笑いたい!』と思っていて、将来はテレビ番組のつくり手になると決めたのが高校時代。そして大学の就職活動では、テレビの制作会社を中心に応募し、局に入社したいとは考えていませんでした。必ずしも制作の現場に立てるとは限らないので」
 当時好きだった『内村プロデュース』や『世界ウルルン滞在記』などの現場に、どうしても立ちたかった。就職活動の結果、内定が出た数社のうち、ある制作会社へと就職を決める。
「本当は現在所属しているケイマックスに入りたかったんですが、新卒を募集していなかったんです。そこで、社員の派遣もしている制作会社に入り、『バラエティがやりたいのでケイマックスに派遣してください』とお願いしました。テレビ局への派遣が普通なんですけど、私はとにかく現場にいて笑いたかったんです(笑)」
  人当たりのいい笑顔に、固い意志と熱意。希望通り、ケイマックスに派遣された小谷中さんは、ADとしてバラエティ番組制作の現場に立つこととなる。ADとして2年半働いたのち、立ち上げから関わった『グータンヌーボ』のディレクターに昇進すると同時に、念願だったケイマックスの正社員へ。当時25歳ながら、同番組をはじめ、特番など常に3番組ほどを担当した。しかも、ケイマックスでは初の女性ディレクターだった。
「コミュニケーション能力が評価されたのかもしれません。今では、それが自分の長所なのかなと思っています」
『グータンヌーボ』『桑田佳祐の音楽寅さん』『きらきらアフロTM』などの出演者に「かわいがっていただいている」と話す。ケイマックスは、笑福亭鶴瓶や桑田佳祐のほか、内村光良、さまぁ〜ずといった顔ぶれが、厚い信頼を寄せる会社だ。小谷中さん自身がその社風にピッタリ合う、優秀なテレビウーマンだったということなのだろう。

子育ては枷ではなく視野を広げてくれるもの。

谷中さんに転機が訪れたのは、29歳の時。ディレクター歴も3年を数え、ちょうど結婚直後のことだった。

「妊娠したんです。まだまだ仕事をしたかったし、予想外に早くて驚きましたが、授かりものなので……と。ただ、当時は会社に産休や育休の前例がなかったため、制度について一から調べたり、助成金のことを会社と相談したりもしました」
 この時にうれしかったのが周囲の人たちからの「無理だったらいいけれど、妊娠してからもディレクターをやりたいんだよね?」という声だった。
「現実問題として、私の抜けた穴には他の人が入りましたし、復帰しても同じポストに戻れるわけではない。とはいえ、出産後も受け入れてくれるんだと実感できて。何より、社内では妊娠しても仕事を続けるという前例をつくることができた。ADやAPとして働く女性は『今後、子どもを産んだら仕事はできるのか』と常に考えているし、それ以上に『将来、結婚したいから』と離職してしまう例も少なくない。復帰後も前のように仕事ができないことを不安に感じていましたが、もともとケイマックスがプライベートをないがしろにしない社風だったので、私もガムシャラに働くだけでなく『子どもと過ごす時間も楽しいと思っていいんだ』と考えられるようにりました」
 復帰後、ほどなくしてディレクターからAPへ。
「現場で働きたい気持ちが強かったので、妊娠前は意固地になって『APは嫌です』と答えていたんです。でも、実際に出産してみると、やはり時間的な問題もあり『子供を産んで、一生ディレクターを続けるのは難しい』という意見も一理あるな、と。プロデューサー業は番組の企画やキャスティング、収支管理など“枠”をつくる仕事。ディレクター業は、昼間は企画会議や現場での撮影、夜は編集作業という“中身”をつくる仕事。時間の面でも体力面でも、仕事と子育ての両立はなかなか難しい。それにプロデューサーであれば、会議の時間を調整できたりと、ある程度の融通をつけながら仕事をできますしね」
 AP、プロデューサーとして働くうち、新たな自分の強みも見えてきた。
「私は、番組を0から生み出すよりも、進行している番組をうまく回したり、キャスティングやスタッフとのコミュニケーションを工夫したりして1を10にする方が得意なんだと気付いたんです」
 母親業との両立には、周囲の協力も不可欠だ。運よく両家の親御さんが子育てをフォローしてくれているそう。そして「今は『息子に働かせてもらっている』という感謝の気持ちで毎日過ごしている」と話す。出産を経験することで、番組制作への姿勢も変化した。
「オンオフのスイッチの切り替えが上手くできるようになり、仕事も前よりストレスフリーに楽しめています。また以前は、その瞬間に何も考えずに笑える番組や、一個人がフィーチャリングされている番組がいいと思っていましたが、今は人と人との関係性を扱ったり、一個人を誰がどうやって育てたのかに迫ったりする番組にも魅力を感じるようになりました。こうした新しい視点を生かして番組づくりをしていきたいし、できるならば一生、テレビ番組の制作に関わっていきたいです」