【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】『F1』大ヒットが救ったApple映画部門の危機

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【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】『F1』大ヒットが救ったApple映画部門の危機

ブラッド・ピット主演の『F1®/エフワン』が、堅調な興行成績を記録している。執筆時点での世界総興収3億5800万ドルで、今年の興行ランキングトップ10に入っている。続編やリメイクが多くを占める現在の映画市場において、オリジナル作品としては快挙といえるだろう。

『トップガンマーヴェリック』のスタッフが再結集し、F1の全面協力のもと、グランプリ開催中の本物のサーキットで撮影された映像は確かに圧巻だ。

しかし、この作品の成功が持つ意味は、映像技術の革新にとどまらない。本作は配給こそワーナー・ブラザーズだが、Apple Studiosが製作した映画である。2019年に映画事業への本格参入を開始した同社にとって、初の大ヒット作品となったのだ。

Apple TV+のスタートから6年間、Appleは映画事業において潤沢な資金を背景とした戦略を展開してきた。一流監督やトップスターを起用し、製作費に糸目をつけない姿勢で臨んだものの、興行的な成功には恵まれなかった。

マーティン・スコセッシ監督の『キラーズ・オブ・ザ・フラワー・ムーン』、リドリー・スコット監督の『ナポレオン』といった作家性の高い大作は批評家からは一定の評価を得たものの、興行的には期待を下回った。特に『ナポレオン』は製作費2億ドルをかけながら、世界総興収2億2000万ドルにとどまっている。

さらに深刻だったのが、エンターテイメント性を重視した作品群の惨敗である。

マシュー・ヴォーン監督の『ARGYLLE/アーガイル』は製作費2億ドルに対して世界総興収9600万ドル、スカーレット・ヨハンソン主演の『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』は製作費1億ドルに対して世界総興収5000万ドル未満と、いずれも大幅な赤字を記録した。

潤沢な予算と劇場公開を約束することで、これらの映画企画を獲得してきたAppleだが、投資に見合う収益は得られていない。唯一の成果といえるのは、サンダンス映画祭で買い付けた『Coda コーダ あいのうた』が、配信会社として史上初のアカデミー作品賞を受賞したことくらいだった。

こうした失敗の連続を受け、Appleは映画事業からの撤退さえ検討していた。2024年には、ブラッド・ピットとジョージ・クルーニーが共演する犯罪ドラマ『ウルフズ』の劇場公開を大幅に縮小し、実質的にストリーミング配信中心の戦略に転換している。

一方で、『セヴェランス』や『テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく』といったドラマシリーズは着実な成功を収めており、テレビコンテンツを事業の核とする方向性が現実的な選択肢として浮上していたのである。

つまり、『F1®/エフワン』の成功は、Apple映画部門の存続をかけた正念場での勝利だったのだ。もし本作が興行で失敗していれば、映画事業の大幅縮小、あるいは撤退という選択肢が現実味を帯びていただろう。

『F1®/エフワン』の続編企画はすでに始動しているが、単発の成功例から持続可能な映画戦略への転換こそが、Appleにとっての真の課題となる。NetflixやAmazonといった先行する競合他社に対し、どのような差別化戦略を打ち出すのか。テック業界の巨人による映画業界への挑戦は、新たな局面を迎えようとしている。

<了>