【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】Netflix統合で「便利」になる? 業界が恐れる本当の代償

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【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】Netflix統合で「便利」になる? 業界が恐れる本当の代償

Netflixがワーナー・ブラザース・ディスカバリーを約830億ドル※企業価値(約12兆円)で買収する計画が報じられて以来、ハリウッドに衝撃が広がっている。

日本のユーザーからすればHBOやDC映画がNetflixで視聴可能になり、複数のサブスクリプションを解約できる好機に映るかもしれない。しかし業界関係者の反応は対照的だ。

雇用から映画館の存続にいたるまで、あらゆる深刻な影響を及ぼすと懸念されている。この統合がもたらすのは、単なるサービスの統廃合ではなく、ハリウッド全体の力学を変えてしまう構造的な変化なのだ。

買収の対象となるのは、1923年創立のワーナー・ブラザースだ。

DCユニバース、「ハリー・ポッター」シリーズ、「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズなど数々の名作を生み出してきた老舗スタジオである。

さらに「ゲーム・オブ・スローンズ」などの名作ドラマを制作してきたプレミアムチャンネルHBOも含まれる。これらのコンテンツは現在、日本では2024年9月からU-NEXTで独占配信されている。

複数のサブスクに入らなくてもNetflix一つで完結し、月額料金の節約になると考える人も多いだろう。しかし業界関係者は「これは短期的な幻想に過ぎない」と警告する。

まず懸念されるのが、市場独占による価格支配力の強化だ。買収が成立すれば、Netflixはストリーミング市場の約半分を支配することになる。競争相手が減れば、値上げしても消費者は受け入れざるを得ない。

エリザベス・ウォーレン米上院議員は「独占禁止の悪夢だ」と批判し、「アメリカ人を高額な料金と少ない選択肢に追い込む」と警告した。買い手が減れば、俳優や脚本家を代理するエージェントの交渉力が弱まる。業界エージェントは「Netflixは力を誇示して、好きなようにできるようになる」と警戒している。

コンテンツの多様性が失われることも深刻な問題だ。ワーナーが独立したスタジオでなくなれば、脚本家や監督が作品を売り込める窓口が一つ減る。買い手が減ることで、制作される作品の幅が狭まるのだ。全米脚本家組合(WGA)は「コンテンツの量と多様性が減少する」と警告する。

配信データを重視するNetflixのアルゴリズムに合わない企画――たとえば実験的な作品や、ニッチな観客層を狙った作品――は作られなくなる恐れがある。

WGAは声明で「この買収は雇用を削減し、賃金を押し下げ、労働条件を悪化させる。消費者の価格を引き上げ、コンテンツの量と多様性を減少させる」と述べ、「この合併は阻止されなければならない」と明言した。

映画館文化の終焉も現実味を帯びてくる。Netflixのビジネスモデルは会員向け配信が中心で、劇場公開はアカデミー賞の出品資格を満たすための最低限の上映にとどまる。ワーナー作品も同じ扱いになれば、映画監督にとって作品を大スクリーンで長期間観客に届ける機会が失われる。

全米監督協会(DGA)はNetflixとの面談を予定しており、懸念を伝える方針だ。ある映画監督は「劇場市場の首に縄をかけるようなもの」と批判している。劇場公開が減れば、映画館だけでなく周辺のレストランなど地域経済にも打撃を与える。

HBOブランドの未来も不透明だ。HBOは「ゲーム・オブ・スローンズ」や「ザ・ソプラノズ」など、映画級の予算と芸術性を持つドラマで知られるプレミアムチャンネルだ。

短期的には維持されるとNetflixは約束しているが、過去の買収事例を見れば、独自性の高いブランドほど統合後に埋没してきた。Netflixのアルゴリズムが適用されれば、HBOが培ってきた選別性と芸術性というアイデンティティが失われかねない。

この買収をめぐっては、当初Netflix、パラマウント・スカイダンス、コムキャストの三つ巴の争奪戦が繰り広げられていた。最終的にワーナー・ブラザース・ディスカバリーの経営陣はNetflixとの合意を選んだ。

しかしここに来て、パラマウント・スカイダンスのデヴィッド・エリソンCEOが株主に直接アピールする敵対的買収を仕掛けてきたのだ。「我々の方が規制承認が早く確実だ」と主張するエリソンは、12月10日に公開書簡を発表し、「鉄壁の資金調達」を強調した。

Netflix案は市場独占の問題で特に厳しい規制審査が予想される。結論が出るまで数か月から1年以上かかる可能性もある。WGAは規制当局に働きかけ、買収阻止に向けて動く方針だ。

しかし、仮にパラマウント・スカイダンスとの合併が実現したとしても、業界の懸念が解消されるわけではない。スタジオ統合は必然的に作品数の削減と大量解雇を伴うからだ。

両社はそれぞれParamount+とHBO Maxという配信サービスを持つため、統合すればストリーミング市場での競争力は高まるかもしれない。だが、それは同時に制作現場の縮小と雇用の喪失を意味する。

結局のところ、どちらの買収案が実現しても、ハリウッドが直面する構造的な問題――独占化、多様性の喪失、雇用削減――から逃れることはできないのだ。

830億ドルという巨額買収の行方は、ハリウッドの未来だけでなく、エンターテインメント産業全体の在り方を左右することになるだろう。

<了>