【ラジオレコメンダー" やきそばかおる "の I love RADIO】景色が浮かぶ語りへ~tbc東北放送『GoGoはみみこい ラジオな気分』 佐々木淳吾アナウンサー~

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【ラジオレコメンダー" やきそばかおる "の I love RADIO】景色が浮かぶ語りへ~tbc東北放送『GoGoはみみこい ラジオな気分』 佐々木淳吾アナウンサー~

ラジオ レコメンダー" やきそばかおる "の I love RADIO  第94回


今回は宮城県にあるtbc東北放送の佐々木淳吾アナウンサーに話を伺いました。佐々木さんは同局の人気ワイド番組『GoGoはみみこい ラジオな気分』(月曜〜木曜 12時〜16時)を担当。「少数ながらも優秀なスタッフに恵まれています」とお話しされていました。昨年作詞家デビューを果たしたほか、市民ランナーでもあります。

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インタビューは佐々木さんがTBSラジオ『ONE-J』※の本仮屋ユイカさんのパートナー(12月の2週目)を担当された後(12月14日)に行いました。

やきそば 『ONE-J』お疲れ様でした! 佐々木さんは『ONE-J』ですっかりおなじみですが、いかがでしたか?

佐々木アナ 番組に関わっていらっしゃる皆さんが、いつも温かく迎えてくださいます。それに本仮屋さんは僕のX(旧Twitter)を遡って見てくださって、準備してきてくださるんです。 「そこまで見てるんだ!」と驚くほどで(笑)。

映画やドラマの世界で積み重ねてこられたプロ意識なんだろうなと思います。自分のことを調べて話していただいたら嬉しいし、"座長"として準備をされているから話しやすい雰囲気になるんだろうなと、とても勉強になりました。

やきそば ゲストのこともよく把握していらっしゃるから、ビックリしますよね。ゲストコーナーでゲストの方が驚いていることもありますし(笑)。もしも本仮屋さんが『ラジオな気分』に出演されることになったらどうしますか?

佐々木アナ おもてなしの精神で迎えて「来て良かった!」と思ってもらいたいです。僕も番組のゲストコーナーのあとで「楽しかったです」と言ってもらえるのが一番嬉しいですから。

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▲TBSラジオ『ONE-J』出演中の様子。本仮屋ユイカさんと

※『ONE-J』(日曜 8時~10時)は全国のJRN系列の放送局のアナウンサーが、2週交代で本仮屋さんのパートナーを務めています。

家にいる"一番厳しいリスナー"

やきそば 『GoGoはみみこい ラジオな気分』の特徴を表現すると?

佐々木アナ 幕の内弁当ですね。ある日はウインナーだったり、ハムカツだったり、おかずが日替わりでバラエティに富んでいます。

やきそば パートナーは日替わりなので、さまざまな角度から佐々木さんをつっついている感じですよね(笑)。それにしても週に4日の生ワイドは大変ですね。

佐々木アナ しかも、家に一番厳しいリスナーがいるんです。妻は同僚だったので「僕の喋りが"上から目線"っぽく聞こえたら言ってね」と伝えてあります。

やきそば ストッパーのような存在ですね。

佐々木アナ パートナーが若いと90年代に流行した小室哲哉さんや、Mr.Childrenなどに詳しくないんです。思わず「そこを通らないできたの?」と言ってしまいがちだけど、およそ20歳も年齢が離れていると当たり前なんですよね。

やきそば あ、それは大事ですね。僕も佐々木さんと同年代なのでよく分かります。

世界一忙しいアナウンサー

やきそば ところで佐々木さんは、もともとテレビの朝の情報番組も担当されていたんですよね。

佐々木アナ 2021年3月まで朝のテレビ番組『ウォッチン!みやぎ』を担当して、生放送が終わって30分後(9時)からはラジオのワイド番組『COLORS』のひとつの曜日を担当していた時期がありました。

やきそば え!『COLORS』も3時間ありましたよね。

佐々木アナ そうです。メイクを落とす時間もなく、着替えて間もなく生放送が始まります。準備は前日に済ませていましたが、今になって思えば「すごいことをやっていた」と思います。後輩から「世界一忙しいアナウンサー」と揶揄されていました(笑)。

やきそば 確かに、午前中にテレビもラジオも両方担当するわけですからね。

佐々木アナ おそらく当時の上司の「40代、50代になった時にラジオでもきちんと喋れないといけない」という思いがあったんだと思います。今、月曜から木曜まで番組を任せてもらえているのは、当時の上司からある程度の合格点をいただけたからかな、とも思いますが、今でも気持ちは発展途上。勉強の日々です。

ユーミンの気遣い

やきそば この仕事をやっていて良かったと思うことを教えてください。

佐々木アナ たくさんありますが、なかでも松任谷由実さんにお会いした時のことは忘れられません。2004年に『VIVA! 6×7』が発売された時に、キャンペーンの特番を作らせていただいたんです。ディレクターとふたりで東京のスタジオに行きまして、インタビューをさせていただきました。

最後に「父親の代からユーミンのファンで、父はラグビーをやっていたので、『ノーサイド』は心のバイブルです」と言ったら、ユーミンが「作って良かった」と仰ったんです。

やきそば 良い話ですね。

佐々木アナ 数ヶ月経って、コンサートに行った時に楽屋をお訪ねして「その節はお世話になりました」とお礼を申し上げたところ、「お父さん、元気?」と仰ったんです。父の話を覚えてくださっていたんです。超一流の方の気遣いを感じました。芸能関係に限らず、何かを極めてこられた方の話を聞けるのは、この仕事をして良かった点だと思います。

原体験は「先生に褒められたこと」

やきそば そもそも、佐々木さんがアナウンサーを目指したきっかけは何ですか?

佐々木アナ 原体験は小学校3年生の時の国語の授業で、朗読を褒められたこと。ある日、先生が2〜3行ずつあてていって僕も読まされたんですけど、なかなか交代させてもらえなくて、1〜2ページを読んだところで「うまい!」って褒めてくれました。子ども心に「そうか。自分はうまいのか」と思ったのを覚えています。

それから意識するようになったのは『高校生クイズ』です。

やきそば あ〜、まさに高校生クイズに憧れた世代ですね!

佐々木アナ 西武ライオンズ球場で7問目くらいまでいったんです。参加者は西武遊園地のチケットがもらえたから「みんなで遊んで帰ろうぜ」と言われたけど、全然そんな気分になれなくて葬式の時のように沈んだまま帰りました(笑)。

やきそば そうだったんですか。

佐々木アナ ただ、クイズはダメだったけど、福澤朗アナウンサーが会場を盛り上げる様子を見て、アナウンサーという職業を意識するようになりました。だからといって、大学に入って放送研究会に入部したわけではなく帰宅部だったんですけど...(笑)。

やきそば 放送研究会に入ったり、アナウンス学校には通わなかったんですね。

佐々木アナ そうです。これは受かったから言えることなんですけど、アナウンススクールを否定するわけではないけど、学生時代はアナウンススクールで教えてもらうことは入社してからも教わることだと思ったんです。学生時代にしかできないことをやることにしました。

それに、もともと教員免許を取得しようと思っていて教育実習にも行ってました。だけど「ちょっと違うな」と思って、アナウンサーを目指すことにしました。

やきそば その決断があったから今があるわけですね。

佐々木アナ ただ、就職氷河期の真っ只中だったから、親は心配だったと思います。実際にアナウンサー試験を受け始めると、ほかの人たちとの実力の差に面食らいましたが、ご縁があって内定をいただきました。

やきそば 当時の人事担当者が、伸び代のようなものを感じたんですかね?

佐々木アナ いやぁ〜、私を選んだ理由は怖くて聞けません(笑)。当時、人から「笑顔が爽やかだから、笑ってみたら」と言われたことはありましたけど。

やきそば ほかの放送局はいかがでしたか?

佐々木アナ 東京のとある放送局は最終までいきました。「スポーツはやりますか?」と質問されたので「仕事としては興味ないんです」と答えたら、「スポーツをやります」と言った方が採用されました。

やきそば 正直に言ったがために...。

佐々木アナ でも、ファン目線はとても大事なんです。ラジオで楽天イーグルスの話をすることがあるけど、ファン目線だから話せることがあります。以前、飲み会の席で選手の皆さんに「いつも好き勝手に言っていてごめんなさい」と謝ったところ「どんどん仰ってください」と言っていただいたことがあります。

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長く続ける凄み

やきそば 佐々木さんが思う、良い喋り手とは?

佐々木アナ 実は新人研修の時も「どんな番組だったり、パーソナリティがすごいと思う?」という質問をするんですけど、やきそばさんはどう思いますか?

やきそば いろいろありますが、ひとつは「人に対する好奇心があって、人となりに詳しい人」。人は意外と他人に無関心ですよね。でも、出会った人の人間味をおもしろおかしく伝えられたら、とても素敵だと思うんです。

佐々木アナ それはいいですね! 僕は「長くやっている人」と言っています。

やきそば あ! 確かにそうですね。

佐々木アナ 新人研修で「皆さんは、これから1度、あるいは2度はチャンスが与えられると思います。でも、次も、そのまた次も『あなたと番組を作りたいです』と言ってもらえるかどうかが勝負です」と伝えます。

「もう、この人と仕事したくない」と思われたらできませんからね。「じゃあ、長くやるためにどんなことをしたらいいか、考えましょう」というのが次の話です。

やきそば 人から相手にされなくなったら悲しいですからね。

佐々木アナ あとは「譲り合いができる人」。自分のことだけを話そうと思ったらいくらでも話せるからこそ、5割か6割くらい喋ったところできちんと譲る人が良い喋り手だと思います。新人研修では「アナウンサーは人の話を聞くのが仕事です」と伝えています。

やきそば 勉強になります。

「アップ」と「引き」を意識して

やきそば では、何かを伝える時に意識したほうが良いことは何ですか?

佐々木アナ ラジオは映像を意識して喋っています。カメラに例えるなら、アップで見ているか、引きで見ているか。例えば昨年5月に放送した特別番組『ラジオDEぶらっと おどる塩釜 フィッシュでGO!』※の時も、ラジオですが「ここはアップで」とか「ここは引きで全体の様子を伝えよう」といったことを意識しながら伝えました。

タコの卵を紹介した際には「周りにはどんなお店があって、目の前にはタコの卵が並んでいる」と、聴いている人の頭の中に様子が浮かぶような言葉選びを大切にしました。

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※2025年5月31日(土曜)11時から12時に放送。佐々木アナが塩釜仲卸市場内を歩きながら生放送を行いました。事前に選ばれた、およそ30名のリスナーも参加。『GoGoはみみこい ラジオな気分』で共演している増子華子アナウンサーも塩釜の魅力をラジオカー中継で伝えました。

佐々木アナ ラジオカーの中継リポートを担当している若い人たちにも「自分がどういうサイズで喋ってるかを意識するとメリハリがつくよ」とアドバイスをしています。

僕の趣味のひとつに俳句があるんですけど、俳句の世界も同様です。引きとアップを意識することが大事で、引きで見ただけでも、アップだけで詠んでもダメ。両方の目で見て詠みます。

やきそば なるほど、確かに!

佐々木アナ だからパーソナリティの皆さんには俳句を始めることを強くおすすめします。「稲穂が色付いてきた」といった季節の変化に敏感になって、ラジオのフリートークでも気象予報士と季節にまつわる話ができるようになります。

例えば稲が実る頃、群れをなしてついばみにやってくる雀を「稲雀(いなすずめ)」(秋の季語)と呼んだり、冬の寒さで動きが鈍り、凍りついたように見える蝶を「凍蝶(いてちょう)」(晩冬の季語)と呼ぶんですけど、そういうことに敏感になります。放送で使うかどうかは別にして、知ると面白いしボキャブラリーも増えます。

やきそば 勉強になります!

佐々木アナ 宮城は農業、漁業の一次産業も盛んですから。50年近く生きてきて、知らない言葉がたくさんあることにも気付かされました。

佐々木さんが俳句に興味をもったきっかけは『プレバト!!』(TBS系)でした。「佐々木蹄鉄」という俳号(俳人として用いる雅号)を持っています。

やきそば 人の作品を見た時に、この句は素晴らしいとか、改善点がみえてくることはありますか。

佐々木アナ もちろん価値観は人それぞれだと思いますが、『プレバト!!』を観て夏井いつき先生の解説を聞いたり、俳句にまつわる本を読むうちに考え方が分かってきて「この句は先生に叱られるな」といったことも分かるようになります。

やきそば そうなんですか!

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佐々木アナ 俳句を楽しむために「句会」に参加することもおすすめです。先生もベテランも初学者も関係なく、匿名で作品を提出します。作品だけで優劣を競ったり、感想を述べ合うんです。作者があとで分かるのも面白くて、先生より生徒の作品のほうが得点が高いこともよくあります。

それぞれの作品の良いところを言語化しないといけないから、真剣に考えるんですよ。プレゼン能力も鍛えられます。SNS上で人を傷つける言葉が飛び交っている世の中で、作品の良い部分を見つけて言いあうところにラジオ的な温かさがあります。

住めば分かる宮城県の魅力

やきそば では最後に、宮城県の魅力を教えてください。

佐々木アナ 宮城はなんでもあるんですよ。米やお酒をはじめとする美味しいものも、スキーもスノボもできる自然もあるし、野球・サッカー・バスケのプロスポーツ球団も揃っています。

やきそば 素晴らしいですね!

佐々木アナ あとは、ひとつの藩がほぼひとつの県になってるんです。県によっては地域同士で仲が良くないといわれることもあるそうですが、それでいくと宮城県はまとまりが良いと思います。とても良いところなので、ぜひ一度、住んでみてください!

※佐々木さんは、宮城県出身の歌手、こおり健太さんの新曲「十六夜橋」のカップリング曲「LALALA君と生きる」の作詞を担当しました。たくさんのリスナーから寄せられた詩を一つにした作品です。ふるさとと、人のつながりの素晴らしさを表現しています。

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▲佐々木さんは市民ランナーでもあります

<了>