メディア・ミックス広告のR&F推定〜正準展開モデルとR&F++のご紹介〜

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#メディアミックス #広告 #広告効果検証

本記事は2002年に発刊したVR Digestに掲載されたものです。

◆はじめに

広告出稿によって到達するリーチとフリークエンシー分布を事前に推定するモデルはED(Exposure Distribution)モデルと呼ばれ、メソリンガム・モデルを初めとして1960年代から数多くの提案と研究が行われています。弊社では、オークランド大学(ニュージーランド)ビジネス・スクール教授ピーター・ダナハー(Peter Danaher)氏により提案された『正準展開モデル(Canonical Expansion Mode l)』を、マスメディア5媒体(テレビ広告、ラジオ広告、新聞広告、雑誌広告、交通広告)へ適用する研究を続けて参りました。今回は、その成果を要約して報告致します。

◆正準展開モデルとは

正準展開モデルはDanaher(1991)1によって提案されたノンランダム・ジョイント・モデルの一種で、周辺分布から合成フリークエンシー分布を切断正準展開によって近似する手牡です。

<正準展開モデルの特徴>

A. フリークエンシー分布の再現性

B. 媒体間重阪接角虫の把握

C. デイクライニング・リーチ問題の改善

D. ビークル分布合成順序の整合性

E. データ・ソースの柔軟性

図1 A新聞8回、B新聞2回、C新聞4回に出稿した場合

(データ:ビデオリサーチメディア・ミックス接触状況調査2000年)

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1Danaher, P. J. (1991),"A Canonical Expansion Model for Multivariate Media Exposure Distributions", Journal of Marketing Research, Vol.28(August), pp. 361-367

正準展開モデルの特筆すべき特徴は、図1に示す通り実測のフリークエンシー分布に対する再現性に優れている点です。新聞や交通媒体では広告接触が選択的となり、フリークエンシー分布は凸凹がいくつもできる分布になる傾向があります。つまり、新聞広告の場合は、宅配されている新聞の広告に接触する確率は高くなるがその他の新聞の広告に接触する確率は非常に低くなるため、各紙への広告出稿回数の近辺でフリークエンシー分布にスパイク(山)が出来ますム交通広告の場合も同様に、通勤・通学経路として利用する路線や駅に掲出された広告に対して選択的に接触するため分布が凸凹になりますも メソリンガム(BBD)モデルは山もしくは谷が一つだけのフリークエンシー分布しか再現できませんが、正準展開モデルはスパイクが複数できる分布を忠実に再現することができます。

◆簡易版正準展開モデルの開発

しかしながら正準展開モデルの最大の短所として、計算時間の問題があります。オリジナルの正準展開モデルでは、出稿予定ビークルへの出稿回数の積に比例して計算時間が増大するため、ビークル数と出稿回数の多い単媒体の広告出稿計画では過重な計算を必要とし実務的な適用が困難でした。弊社では、合成フリークエンシー分布を2ビークルずつ逐次的に計算する簡易版正準展開モデルを開発し、計算時間を約50倍短縮することに成功しました。一方で、このモデルでは簡便な逐次計算法を採用しているため、正準展開モデルの特徴である媒体間重複接触の把握や合成順序の整合性が失われてしまうという欠点もあります2

◆推定精度の検証

正準展開モデルの推定精度を検証するため、以下のような調査概要で非連続三週間に渡る日記式でのメディア・ミックス接触状況調査を実施しました。また、現実に出稿された広告キャンペーン事例を広告会社各社様の協力により90キャンペーン収集し、このメディア・ミックス接触状況調査データの期間に便宜的に当てはめて実測値と各モデルの推定値との適合度を検証しまた。モデルのパラメータは1週間(雑誌は2号)データから作成し、3週間の実測値と比較して検証しています。

評価指標としては、先行研究で共通して用いられている複数の指標を利用しましたが、今回は紳幅の都合からリーチの推定誤差の結果だけをご紹介します3

<調査設計>

(1)地域:東京30�q圏

(2)標本数:指令1、000人(男女20−49歳)有効回収916人

(3)抽出法:�潟rデオリサーチの調査用パネル

クォータ法(男女15才毎均等割付)

2モデルの詳細についてはDanaher(1991)の原論文をご参照いただくか、日本広告学会の学会誌『広告科学』に投稿予定の拙著をご覧ください。

3リーチの推定誤差の指標として、実測リーチと推定リーチの差の絶対値を全出稿スケジュールで平均したAER(Average Error in Reach:リーチ平均誤差)を用いています。また、推定誤差の方向を示す指標として、実測リーチの+5%以上オーバーの推定スケジュールの割合、−5%以上アンダーの推定スケジュールの割合、±5%以内の近似推定スケジュールの割合を比較しています。

(4)調査時期:

第一回調査2000年 9月18日〜2000年9月24日

第二回調査2000年10月16日〜2000年10月22日

第三回調査2000年11月7日〜2000年11月13日

(5)調査方法:日記式調査法(電話説得+郵送自記式)

<調査項目>

(1)テレビ:局別毎60分接触(地上波/BS/CS 全10局)

(2)ラジオ:局別毎60分接触(AM/FM全12局)

(3)新聞:朝夕刊別閲読(全国紙/関東ブロツウ紙 全23紙)

(4)交通:日別利用(関東圏 全55路線、全200駅)

(5)雑誌:直近一週間、二週間、−カ月間閲読(週間/隔週/月刊誌全261誌)

単媒体広告の検証結果

過去の研究において既存モデルでの当てはまりの悪かった新聞広告と交通広告の検証結果は表1のようになりました。新聞広告ではAER(リーチ平均誤差)によるリーチの評価は簡易版正準展開モデルが2.15%ともっとも小さくなっており、交通広告でも5.06%と他のモデルと比較してもっとも優位なモデルとなっています。

また、テレビ広告、ラジオ広告、雑誌広告それぞれ単媒体の検証結果は先行研究の結果と同じく、BBD−DEモデルの推定精度が他のモデルと比較して同程度、もしくは高いことが分かりました。BBD−DEモデルはパラメータの倹約性や計算の簡便性に優れており推定精度を考慮しても、これらの媒体についてはBBD−DEモデルを用いたR&F推定が妥当であると考えられます。

表1単妹体広告リーチの推定誤差(AER

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メディア・ミックス広告の検証結果

ランダム・ジョイント・モデルである正準展開モデルとMSADモデルは、メディア・ミックス広告での推定を二段階で行います。第一段階で単媒体ごとにフリークエンシー分布を推定し、第二段階で各媒体のフリークエンシー分布を合成しています。

第一段階の単媒体フリークエンシー分布の推定には、表2の通り前述の単媒体推定でもっとも精度の高いEDモデルを採用しました。

表2 正準展開モデル/MISADモデル 第一段階単媒体推定の援用EDモデル

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リーチの推定誤差は表3の通り、簡易版の正準展開モデルが3.23%で最も当てはまりが良く、0.2%というわずかな差でオリジナル正準展開モデルが次いで優位なモデルとなりました。また、正準展開モデルではオリジナルと簡易版ともに実測値と推定値の差が±5%以内となるスケジュールは全体の8割を超えており、実務における適用にも耐えうる推定精度であることが分かります。

表3 メディア・ミックス広告リーチの推定誤差

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◆メディア・ミックス広告の事例研究

メディア・ミックス広告出稿を適切に評価するためには、媒体間重複接触を考慮することが重要だと、我々は考えています。ここでは、2つの実際のメディア・ミックス広告キャンペーン事例を実測値を元に分析して紹介しますが、このように媒体間重複接角虫を把握することができるのはオリジナル正準展開モデルだけです。また、実測値と正準展開モデルによる推定値を相関分析した結果、相関が有意であることが検定されています。

事例1.重複内リーチ:ビール・ブランド

図2はビールブランドAとビールブランドBの3週間の広告出稿を、上述のメディア・ミックス接触状況調査の期間に合わせて算出した個人全体の媒体間重複状況です。2つのキャンペーンはともにテレビ,ラジオ,新聞,雑誌の4媒体広告を使い、メディア・ミックスでのトータルの出稿回数と実測リーチがほぼ等しいのですが、妓体重復に大きな差が見られます。ビールブランドAでは実測リーチ全体98.3%の8割近くである75.8%が妓体重複によるリーチとなっているのに対して、ビールブランドBでは媒体重複によるリーチは実測リーチ全体96.0%の2割程度の16.5%にとどまっています。

図2ビール・ブランドAとBのメディア・ミックス広告キャンペーンの媒体重複状況比較(個人全体N=916

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この媒体重複の差の原因は、2つのキャンペーンの重複内リーチを比較することにより分析することができます。重複内リーチとは、我々が提案する新しい指標で、複数媒体の広告に重複接触している人々の中での各媒体の絶対的なリーチを表しますム図3のビールブランドAの媒体重複リーチは75.8%ですが、その中でテレビ広告の重複内リーチは75.2%に達しており、重掛妾角賭のほとんどがテレビ広告に接触していることが分かります。同じように新聞広告も73.5%と重複内リーチが非常に高く、テレビ広告と新聞広告の重複によって媒体重複が形成されていますムー方、図4のビールブランドBではテレビ広告の重複内リーチが16.5%と媒体重複リーチに等しいものの新聞広告の重複内リーチは4.7%と低くなっています。この新聞広告の接触の違いが、2つの広告キャンペーンの媒体重複の差になったと考えられます。

図3ビール・ブランドAのテレビ/新聞重複内リーチ 図4ビール・ブランドBのテレビ/新聞重複内リーチ

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例2.判定リーチ:缶コーヒー・ブランド

図5は缶コーヒーブランドの広告キャンペーンをターゲットセグメント別に比較しています。このメディア・ミックス広告キャンペーンもテレビ,ラジオ,新聞,雑誌の4媒体に広告出稿しているケースですが、リーチを見ると全てのターゲットにほぼ100%到達していることが分かります。

図5 缶コーヒーブランドのメディア・ミックス広告キャンぺーンの判定リーチとブランド認知率.

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ここで、実務でよく言及されるスリー・ヒットセオリーに従って、例えば、テレビ広告に3回以上かつ雑誌広告に1回以上接触している人たちだけの判定リーチを見てみると、女性が10%代なのに比べて男性の方が30%代と高くなっていることが分かります。さらに、この缶コーヒー・ブランドの広告キャンペーンと同時期のブランド認知率の折れ線グラフを重ねてみると、判定リーチとほぼ連動しているように見えます。

当然、これだけの事例で判定リーチとブラン憫知との間に直接的な関係があると言えるわけではありませんが、媒体重複を考慮してメディア・ミックス広告接触を把握することによって広告効果をより適切に評価することが可能になると考えられます。また、今後の研究としてブランド認知や広告認知と媒体重複を考慮したメディア・ミックス広告接触のケースを数多く収集して事例研究することによって、メディア・ミックス広告評価指標のスタンダードを確立できるのではないかと考えております。

◆まとめ

今回は『正準展開モデル』を、5媒体(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、交通)を用いた現実のメディア・ミックス広告出稿のスケジュールと非連続三週間のメディア・ミックス接触状況調査で検証しました。その結果、既存EDモデルでは当てはまりの悪かった新聞広告や交通広告、さらにはこれら5媒体のメディア・ミックスの広告出稿においても正準展開モデルによって実測値に対して妥当な推定値を得られることを確羅しました。また、計算時間を短縮するため逐次計算方式を用いた簡易版正準展開モデルを開発し、推定結果の精度がオリジナル・モデルと同等のレベルであることが検証されました。

事例研究として、媒体間の重複状況を考慮してメディア・ミックス広告接触を管理することが重要であることを述べました。正準展開モデルは唯一この妹体間重複を把握できるEDモデルで、メディア・ミックス広告出稿の事前評価、および事後的な成功事例の分析において有効なツールとして利用できます。

弊社では今後も研究を続け、正準展開モデルのさらなる改良と推定精度の向上、また、弊社のMind-TOPサービス・データを利用して広告認知やブラン円認知に対する媒体重複のパターンがどのように影響するのかを多くの事例を元に明らかにしてゆく課題に取り組んでいきたいと考えています。

◆R&F++

弊社では正準展開モデルによる5媒体(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、交通)R&F推定システム『R&F++』を研究開発中です。またの機会にご紹介させていただきたいと思います。

謝辞

本研究の検証において、広告会社各社様から現実に出稿を行った広告キャンペーンのスケジュールをご提供頂き、また、多くのアドバイスを頂きました。記して感謝いたします。

研究開発局 研究開発部 大西浩志

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