共感と反感のあいだ ーCMで炎上しないためには

 村田 玲子
ソリューション局 ひと研究所 f2ラボリーダー
村田 玲子
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今年一年を振り返ると、しばしば耳にしたのは「CM炎上」のトピック。「炎上○○」が今年のユーキャンの流行語大賞にノミネートされるなど社会的な関心事になりました。

「炎上」の理由は、現状では特に"女性の描き方"や、"家事や育児の表現"に起因するケースが多く見受けられますが、対象は徐々に拡がりをみせつつあります。

当社が長年携わってきた広告効果評価の観点でとらえるなら、CMの「炎上」は、「共感を狙ったが反感に繋がった」、あるいは「話題性を狙ったが想定外に嫌われた」ことで、「出稿したにもかかわらずブランドや企業価値を毀損」し、ブランディングとしての「広告効果はマイナス」という評価になります。他方、CMの炎上は限られた一部の反応であり過剰反応を気にする意見もあります。

いずれにしろ、CMの「炎上」要因や、起きてしまった「炎上」の評価や判断、対処方法に関して、まだまだ知見やデータが少ないのが実情ではないでしょうか。f2ラボでは、頻発したCMの「炎上」の背景には、女性(特にミドル層)の受け止め方が大きく関わっているとみて、女性に共感される表現(=広告効果の高い表現)と反感につながる表現(=広告効果を損なう表現)の研究の一環としてアプローチしたいと考えています。

その第一歩として、今回はメディア文化論とジェンダー論を専門とされている大妻女子大学田中東子准教授にお話を伺いながら現状理解を図り、コンテンツ制作に携わる関係者がこれから求められるリテラシーについて総括し、これからの新たな一歩を一緒に考えていきたいと思います。

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大妻女子大学 准教授 田中東子

博士(政治学)。メディア文化論,ジェンダー・スタディーズ,カルチュラル・スタディーズ。主な著作・翻訳に『メディア文化とジェンダーの政治学―第三波フェミニズムの視点から』(単著,世界思想社,2012年)などがあり、国内外でのメディア・広告に関して様々な角度から分析を行う。

−昨今、CMの「炎上」が話題になることが増えています。先生はこの状況をどう受け止めていらっしゃいますか。

大妻女子大学2年生を対象としたメディア・コミュニケーションの授業で、最近炎上した4本のCMを学生に見せ、採点し、感想を書いてもらいました。学生たちの反応は大変興味深く、素材ごとに評価の傾向がはっきりと現れました。

「ムカつく」「バカにしている」「男の人にこんな風にみられているのか・・・」等、反感が明確だったケースは2本、「女子トークあるあるだね」「今のところはわかる」など、反感に繋がらないケースが1本、さまざまな意見があがり賛否が割れたケースが1本でした。ちなみに反感が明確だったケースのうちの1本は、見せた瞬間にどよめきが起きたほどです。それほど強烈な不快感を与えたようで、想像以上に敏感な反応だったことが印象的でした。

ちなみに同じ素材を30代以上の女性にインターネット経由で見てもらい、調査したこともあるのですが、学生では不快感に繋がらなかったCMでも不快に思う方が多くいました。炎上には、年齢にかかわらず不快さを感じさせるものと、世代やターゲットごとに反応が異なるものがありそうです。

−女子大生がどよめく広告。気になりますね。先生からみてターゲットによって反応の違いが生まれるのはどんな理由が考えられますか。

ひとつは投げかけられるメッセージに対しての実感の有無、つまり受け手にとってリアリティがあるかないかが考えられます。ただし、受け止め方は、リアリティのあることが良い評価につながる場合もあれば、そうでない場合もあります。誰が誰に何をどう言うか、そういった設定全般と受け手のおかれた社会的コンテクストが、受け止め方に関わっているからです。特に、自虐的なネタの場合は、その設定如何で、笑える場合もあれば、単なる暴力にしかならない場合もありますよね。

−不快さを感じる要因には、どのような傾向がありそうでしょうか。

男性目線で女性を蔑視していると受け止められるものや、女性はこうあるべきだといった同調圧力的なものは、特に不快さを感じさせるようです。さらに最近は、単に商品やブランドだけではなく、その先にある企業理念や姿勢にも厳しい視線が向けられていると感じます。リーディングカンパニーであるほど、ブランドターゲット以外からの受け止め方にも配慮する必要が生じています。こうしたことから、欧米ではこの20年位、各企業のブランディングイメージや社会的大義をかなり気にしています。そんな流れの中で出てきたキーワードが「フェムバタイジング(femvertising)」です。「広告表現を通じて、女性をエンパワーメントする」ような表現につけられた言葉で、ここ数年で使われ始めました。

以前から「女性を励ます」表現は、CMや広告だけでなくテレビドラマや映画などでもたくさんありました。海外ドラマの「Sex and the City」などは有名ですが、これらに対して「フェムバタイジング」という呼称が出来て使われるようになった事で、より可視化されるようになってきました。

−広告の具体的な事例でいうと、どんなものがありますか。

代表的な例が、ユニリーバDoveの「Real beauty(リアル・ビューティー)」キャンペーンの動画です。一番有名なのは「Real Beauty Sketches(リアル・ビューティー・スケッチ)」(以下Sketchesスケッチ)です。FBI の似顔絵捜査官が、顔を見ずに「あなたの事を描写してください」と尋ねて描いた絵と、本人以外がその女性を描写した言葉を基に描いた2枚の絵を見比べると、本人以外による描写によって描かれた絵の方がイキイキとしていて本人により近い絵になっているというものです。いかに女性の自己評価が低いか、そして「周りの人達は、貴方の事を自分自身で思っているよりもずっと素敵な人だと思っていますよ」という事を絵で見せる広告です。他にもP&G alwaysの「Like A Girl(ライク・ア・ガール)」も有名です。「女の子みたいに走ってください」と大人の女性に言うと、内股だったり、なよっとしたりと奇妙な走り方をしてみせるのですが、小さな女の子に言うと、活き活きと一生懸命に走ってみせるというものです。この動画では、女の子らしさという言葉がもつステレオタイプについて問題提起しています。どれもYouTubeでの再生回数が多く、シェアされている広告です。さらに、「ナイキ」や「アンダーアーマー」などのスポーツブランドが、ここ数年、女性を購買層としてターゲット化する中で、アスレチックな健康と美を追求する女性像を打ち出しています。これらの広告表現はとても評判がよく、実際に売り上げも上がっているそうです。

ただ、フェミニズムが今まで培ってきたものが、広告によって表現され、広まっていく良さがある一方で、若い女性達が、言葉は悪いですが"新しく出現した金づる"として広告利用されターゲット化されている事に、欧米のフェミニストの中には批判的な人達もいます。

−シャネルやディオールの最近のCMやWEB動画では、シャネルでは単に化粧品としての美的表現ではなく、女性が紐の絡まりをはずしながら飛び出してガラスブロックの壁をつきやぶるというものや、ディオールでは恋人との喧嘩や和解のシーンをドラマティックに描いています。いずれも女性の自由や強さを打ち出し、内面から出る美しさを女性の美とする抽象的でメタファー的な表現といえますよね。

「フェムバタイジング」については、2015年あたりから様々な論文が書かれ始めており、欧米の若い研究者が、広告表現における理想的な女性像の新たなイメージとして「prettyyetstrong」=「可愛いけど力強い」とか、「decisiveyetgentle」=「毅然としているが優しい」というような、相対する言葉を用いて説明しています。1970年代、80年代のフェミニズムは強さや自立を打ち出していましたが、90年代以降はある意味非常に欲張りです。「可愛さもキープしつつ、力強さも手に入れたい」、「決断力があり自立していて、なおかつ他者への優しさもある」というイメージで、新しい欧米の広告はこれをとり入れているというのです。

−お話を伺いながら、女性像として印象的な最近のドラマヒロインが頭をよぎりました。ひとりは不動の人気をほこる「ドクターX」の大門未知子、もうひとりは昨年の大きな話題となった「逃げるは恥だが役に立つ」のみくり。二人の人物設定は全く違いますが、 二人ともここぞというときに、"決断力があり自立していて、他者への優しさもある"ヒロインでした。

そうですね。「逃げ恥」のヒロインみくりは、抜け感やふわりとした可愛さがありつつも、イザという時にはきちんと物が言えるというキャラクターでしたよね。今の日本の若い女性達も、「可愛さを手にしたいけれど、自立もしないと」という目指すキーワードは同じです。70年代~80年代のフェミニストの強力すぎるイメージには少し抵抗があるけれども、女性の社会的立場をこのままにしていてはいけないと考えていた若い世代の気持ちに、これらのキャラクターはハマったのだと考えられます。このような感覚を今の20~40代は共有しているのではないでしょうか。

−さて、炎上したCMの中には、ドラマや漫画などではよくある自虐的な表現であるにもかかわらず、CMではNGに受け止められたケースも見受けられます。ドラマや漫画は見ようと思って見るもので、CMはそうではないという受け手側の状況もあると思いますが、表現上の問題として考えた場合には先生からみてどんな理由がありそうですか。

考えられる原因のひとつとして、炎上したCMでは、問題提起をした後のオチ=解決策の提示が弱かったのではないでしょうか。先に示した「Sketches(スケッチ)」や「LikeAGirl(ライク・ア・ガール)」では、女性のおかれている社会状況に関する問題提起をした後で、「この商品を買いなさい」というメッセージを提示することはありません。他方、炎上した日本のCMでは、ターゲットである女性に関するネガティブな描写を行った後に、「ネガティブな状況から抜け出すために、うちの商品を買ったほうがいいですよ」という印象を与えている傾向があります。

このような「課題を提起して消費させる」手法については、例えばマイケル・ムーア監督の映画「BOWLING FOR COLUMBINE」で、かなり批判的にとりあげていました。「戦争が起こるかもしれないので、これを買って備えよ」「アフリカの蜂が攻めてくるから、これを買って警戒しろ」など、恐怖をあおって消費するよう脅しつける方法に対する批判です。最近日本で炎上した広告の多くは、課題を提起して消費を促す構造に陥っています。

せっかく女性をとりまく社会的な課題を提示しているにもかかわらず、エンパワーメントの表現にはつながらず、単に自社商品を購入させるための課題提起にしかなっていない点が、見ている女性たちに不快さを与えているのではないでしょうか。他方、現状の悲惨さを再現しすぎて、問題点の克服を提示できていないCMも同様です。女性の人生におけるつらいシーンだけをひたすら見せるばかりで、解決策を示したり状況を好転させるストーリーになっていない事が、違和感に繋がったり、最終的には怒りに繋がったりしている。女性に訴えかけ、注目を惹くような広告を作ろうとする製作者側の意図は分からなくもないのですが、成功しているとは言い難い。海外で評価の高いCMなどを分析し、より良い作品を作る努力を続けるべきではないでしょうか。

−かつてに比べて、日本でもCMが炎上するようになった理由はなんでしょうか。

日本の視聴者たちは、これまでにもテレビCMや雑誌の広告写真などに不満や違和感を抱いたことはあると思います。しかし、そうした感情を表出し、他の人々と共有する手段がこれまではなかったのだと考えられます。しかし、2012年を境にスマホが普及し、SNSでの情報や感情や意見の共有が可能になっていくにつれて、ステレオタイプ化され、性別役割を押し付けられた女性の表象に不満を表明することを通じて、「自分と同じように考えている人がこんなに多くいる」ということを知るようになっていきました。それが、企業側からすると「炎上」という事態になっているのかもしれません。

−先ほど「日本の炎上広告は解決策が弱い」という指摘がありましたが、もし何か解決策を提示するとしたら、どのような方向性がありますか?

Doveの「Sketches(スケッチ)」のような「自分に自信をもって」という前向きなメッセージを提示するのは一つのやり方だと考えます。また、日本の女性たちが日常的に抱いている問題点や生活上の困難がクリアーされた状態を示すというのも重要だと思います。

−最近感じていることですが、炎上した事例でも、領域は同じでもポイントが刻々と変化しているように思います。火種になりやすい家事や育児における夫婦の関わり方の表現などがまさにそうです。去年業界で成功CMと評価されたものは、育児のとあるシーンを描いているのですが、「問題提起」「解決策」「気づき」もあり、気持ちよく見終わる事の出来るCMでした。でも今考えるとCMに出てくるのは全てお母さん。最近の炎上ポイントを踏まえると、「お父さんは?」と突っ込む隙があるように感じます。

確かに家事や育児のシーンを取り入れたCMを見て、「何故、お母さんしか出てこないの? お父さんはなぜ登場しないの?」という指摘は多いですね。ステレオタイプ化された性別役割表現に関しては、以前より注目されるようになってきていると思います。仕事を続ける女性たちが増えていることで、女性ばかりが家事や育児を担っている表現に目を向け、男性が登場しないことに疑問を持つ人がますます増えているのではないでしょうか。

−我々も様々なCMや広告コンテンツをリサーチしていますが、住宅メーカーを始め家電メーカーや飲料メーカーなど様々なジャンルで、家事問題に着目する企業が増えてきたと感じています。大手の食品メーカーの調理シーンでは、最近はほぼ主体が男性であったり男女が協働していたりと、ある種フォーマット化してきている部分も見受けられます。ただし育児や掃除についてはまだ微妙なところという印象です。

以前、既婚の女性研究者たちで生活に関する愚痴を言い合った際に、「家庭内の在庫品管理を女性がさせられている事」について怒りの声が出ました。具体的には「日用品の買い置き管理は、なぜ女性の仕事なのか」「(夫も)買い置きがないことに気づいたら買ってきて欲しい」などなど。この辺りの細かな家事の問題こそ、家庭の中では争いの火種になるように感じます。このように、「悪気がなく家事を押し付けてくる男性にどう対処していくか」を考えていかなければいけません。1990年代前半、大学時代に参加したゼミ合宿の時は、女子が給仕をするのが当たり前だという空気がありましたが、2000年代に入って助手をしていた際に同行した同じ大学のゼミ合宿では、男女それぞれが一緒に食事の準備をしていました。それを見て、世代ごとに分業や分担の範囲が変化しているなと感じました。学校でのジェンダー教育や共働き率の増加など、社会環境が大きく変化した結果なのでしょう。

男性の俳優が家事をする姿を見て、素敵だなと感じたり、男性がキッチンにたっているのがあたり前だと感じたりする事で変わっていくので、CMやドラマでの性別役割の描き方はとても大事ですね。CMのような日常的な表現は教育効果やエンパワーメントになりますし、長期的には企業のブランド力の向上にもつながるのではないでしょうか。

−今年のカンヌライオンズでも「ジェンダーイコーリティー」が大きなイシューのひとつになったと聞きました。日本においても、これからますます企業が行う広告表現において、こうした観点が注目されるようになるのではないかと考えています。

広告を見る人達は、日々変化する社会的なコンテクストの中に埋め込まれていて、特に若い女性達がおかれている状況だけでもこの30年ほどに大きく変わっています。制作する側はその変化に対応していく必要があるのではないでしょうか。

まとめ

視点を広げ、より大きな文脈から考えると、TVとネットの融合、アドテクノロジーの進化、それに伴うコミュニケーションスタイルの変化にあわせ、新たなコミュニケーションコンテンツのトライが続く中で、企業と生活者の「距離感」が一層変容し始めています。f2ラボは、「CMの炎上」を個別の問題としてではなく、こうした大きな変化の中でこれからのコミュニケーションのあり方を考えるための事例ととらえています。

例えば、炎上CMが増えた別な理由として、昨今の広告評価において「共感」を得ることが重視されるようになってきたことと関係しているのではないかと考えられます。「共感」の源泉のひとつは、生活者の日常や願望を描くことで喚起されます。ストーリーとして、生活者が感じがちなマイナスの感情や生活課題に触れ、励ましたり、心が軽くなるメッセージを送るという展開もよくみられます。生活者が心地よくない情景やナイーブな感情を想起させた場合、それを昇華する「オチ=解決策(またはメッセージ)」の展開はとても重要になります。女性に共感される表現と、反感につながる表現は紙一重になりやすいと考える一例です。

こうした紙一重=「あいだ」の部分にはどんな分かれ目があるのか、この微妙な課題を解き明かし、女性の心をつかむ表現やコンテンツについてのインサイトを来年も引き続き深めていきたいと思います。どうぞ

ご期待ください。

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