【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】ハリウッドとAI:「ジブリ風」ミームから見える創造の未来
今月はじめ、OpenAIがChatGPTの画像生成を無料開放すると、ネット上は「ジブリ風」イラストで溢れかえった。OpenAIのサム・アルトマンCEOも自らのプロフィール写真をジブリ風にアレンジするなど、このトレンドは爆発的に広がった。
この新機能が明らかにしたのは、その再現精度の高さだ。
これは映像制作全般への脅威であり、実際に400人以上の映画製作者、俳優、ミュージシャンらがトランプ政権の科学技術政策局に対し、OpenAIとGoogleによる「アメリカの創造産業や知識産業を自由に搾取できるよう特別な政府免除を求める」ロビー活動への強い懸念を表明している。
生成AIといえば、2023年のハリウッド史上最大のダブルストライキの主要テーマであり、まさに当時から恐れられていたシナリオが現実になりつつある。
だが、生成AIで大幅なコストカットができるとあれば、スタジオ側が採用しないわけがない。現在、生成AIの利用を正式に認めているスタジオはライオンズゲートだけだが、今後はあらゆる制作局面で急速に導入されていくだろう。
アーティスト対生成AIというハリウッドの対立構図の中で、異例の立場を取るのが「ターミネーター」や「アバター」のジェームズ・キャメロン監督だ。彼は昨年、Stability AIの取締役に就任している。
先日、キャメロン監督はMetaのCTOがホストを務める「Boz to the Future」というポッドキャストに登場。テキストから画像を生成する「Stable Diffusion」などを手がける同社に関与した理由を、「目標は、その分野を理解すること、開発者たちが考えていることを理解することだった。」と説明した。
「以前なら会社を設立して解決策を見つけようとしただろう。でも今は、それが最善の方法ではないかもしれないと学んだ。そこで、実績のある競争力のある会社の取締役会に参加しようと考えた。」
キャメロン監督の目的は、VFXを大量に使用する映画の制作コストを半減させることだ。「VFXワークフローにAIを統合することが私の目標だった。」と彼は語る。
ただし、「これはVFX会社のスタッフを半分に減らす話ではない。ショットの完成速度を2倍にして、作業サイクルを速めることで、アーティストがより多くの創造的な仕事に取り組めるようにするということだ。」と強調する。
AIの採用に積極的なキャメロン監督だが、興味深いことに「〜風」プロンプトには強い違和感を示している。
「『ジェームズ・キャメロン風』『ザック・スナイダー風』といったテキストプロンプトは推奨しないべきだ。それは少し気持ち悪い。」
この発言は一見矛盾しているように思える。その直後に彼は「私自身も『リドリー・スコット風』『スタンリー・キューブリック風』を目指している。それが私の頭の中で走るテキストプロンプトだ。」と語っているからだ。
この一見矛盾した姿勢の背後には、クリエイターとしての深い洞察がある。キャメロン監督が問題視しているのは、AIによる「機械的模倣」と人間による「有機的発展」の本質的な違いだ。
彼が「ジョージ・ミラー風:ワイドレンズ、ローアングル、疾走感、タイトなクローズアップへの移行」と具体的に述べているように、人間のクリエイターは他者から影響を受けながらも、それを長い時間をかけて消化し、自分のものとして進化させる。
一方、AIは数秒で表面的な特徴を抽出し、本質的な理解なしに「〜風」を生成するだけだ。
キャメロン監督が「自分の影響源を知っている。誰もが自分の影響源を知っているんだ。」と強調するのは、創作における自覚と責任の重要性を訴えているからだろう。これは彼のAI観の核心にある考え方だ----AIは創作者の代わりにはなれないが、創作プロセスを効率化するツールとしては極めて有用である。
「ジブリ風」AIブームが提起する本質的な問いは、誰が創作プロセスをコントロールするのか、そして人間のクリエイターとAIの関係性をどう定義するかという点にある。
AIが効率化ツールとして映画産業を変革することは避けられない。しかし、キャメロン監督が示唆するように、創作における意図と自覚、そして長い時間をかけた試行錯誤のプロセスの価値は、AIによって代替できるものではない。
結局のところ、SNSで話題になっている「ジブリ風」ミームと、宮崎駿監督が何十年もかけて築き上げてきた美学との間には、埋めがたい溝がある。この溝を認識することが、AIと共存する創作の未来を考える上での、出発点になるのかもしれない。
<了>