【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】独立系映画の新興勢力、MUBIとは?
ハリウッド映画といえば相変わらずIPに依存した大作が映画館のスクリーンを占領しているが、映画ファンならば刺激的な作品はA24やNEONといった独立系スタジオによって牽引されていることをご存じだろう。
A24は『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』で作品賞を含む7つのアカデミー賞を獲得し、『ミッドサマー』や『レディ・バード』などの話題作を次々と世に送り出した。
一方のNEONは『パラサイト 半地下の家族』で非英語映画として史上初めてアカデミー賞作品賞を獲得する歴史的快挙を成し遂げ、映画産業に新たな可能性を示した。
こうした独立系映画会社が批評と興行の両面で成功を収めるなか、まさに第三の勢力として台頭してきたのがMUBIだ。このグローバル配信企業は最近10億ドルという驚異的な企業価値評価を獲得し、昨年公開した『サブスタンス』で世界的なヒットを記録。
独自の「キュレーション」という武器を携え、今やA24とNEONの背中を追う存在となっている。だが、このユニークな映画プラットフォームの躍進は、偶然の産物ではないようなのだ。
MUBIの創始者はトルコ生まれの映画愛好家、エフェ・チャカレルだ。MITで工学の学位を取得し、スタンフォード大学でMBAを修了した彼は、ゴールドマン・サックスで投資銀行家として安定したキャリアを積んだ後、2007年に大胆な決断を下す。
すべての貯金を投入するというリスクを冒して「The Auteurs」というプラットフォームを立ち上げたのだ。これが2010年にMUBIと改名される。
チャカレルの起業家精神が光ったのは、テクノロジーと映画への深い理解を融合させた点だ。独自のコンテンツ配信ネットワークや配信サービスを自前で構築することで、「他のプラットフォームに依存する場合より70%少ないコスト」で運営することに成功。これが後の大胆な映画配給への挑戦を可能にした土台となった。
MUBIが真に革新的だったのは、その独自の配信モデルだ。当初は500本以上の映画ライブラリーから始まったが、大手ストリーミングサービスが「量」を競う中、MUBIは「質」と「キュレーション」という異なる道を選んだ。
「1日1本の新作映画」という斬新なモデルを導入し、映画ファンの間で熱狂的な支持を集めることに成功したのだ。
現在の基本会員プランは月額14.99ドルで、プレミアム会員は月額19.99ドル。特筆すべきは「MUBI Go」と呼ばれるサービスで、プレミアム会員はアメリカ、イギリス、ドイツの映画館で毎週1本の映画を無料で鑑賞できる。
このオンラインとオフラインを繋ぐアプローチは、映画体験をデジタルだけでなく、劇場を含めた総合的なものとして捉える彼らの哲学を体現している。
このユニークなアプローチが実を結び、MUBIは2016年の10万人から現在は世界190の地域で2000万人の登録ユーザーを獲得するまでに成長した。単なる数字の成長ではなく、映画愛好家たちの間での「ブランド」としての信頼も獲得していったのである。
MUBIが本格的に映画配給ビジネスに参入したのは2016年。イギリスから始まり、ドイツ、オランダ、ラテンアメリカへと徐々に市場を拡大していった。
転機となったのは3年前、韓国映画『別れる決心』の買収・配給でアメリカ市場に参入したことだ。これはパク・チャヌク監督の北米で最も興行収入の高い作品となり、MUBIの目利きの確かさを証明した。
しかし、MUBIの真価が問われたのは『サブスタンス』だった。
昨年のカンヌ映画祭プレミアの2週間前、メジャースタジオであるユニバーサルが、コラリー・ファルジャ監督との創造的な意見の相違から突如手を引いた本作を、チャカレルは決断力をもって即座に獲得。全面的な劇場公開を実施した結果、世界で8300万ドルを稼ぎ出す大ヒットとなった。
日本で5月16日から公開された『サブスタンス』は、50歳の誕生日を迎えた元人気女優エリザベス(デミ・ムーア)が容姿の衰えから仕事を失い、「サブスタンス」という違法薬品に手を出す物語だ。
薬品注射後、エリザベスの背中から「スー」(マーガレット・クアリー)という若い自分が現れ、エリザベスの経験を持つスーはたちまちスターダムを駆け上がる。しかし1週間ごとに入れ替わるという絶対的なルールを次第に破り始め、恐ろしい事態へと発展していく。
このコンセプトは一見B級SFホラーのようだが、実際には美と老いについての痛烈な社会批評であり、特に女性が映画業界でどのように扱われるかという問題に鋭く切り込んでいる。
本作でデミ・ムーアは自身初のゴールデングローブ賞主演女優賞(ミュージカル/コメディ部門)を受賞し、アカデミー賞主演女優賞にもノミネートされる怪演を見せた。
第77回カンヌ国際映画祭では脚本賞を受賞し、第97回アカデミー賞では作品賞を含む5部門にノミネートされ、メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞している。
『サブスタンス』の成功を足がかりに、MUBIは次の飛躍を目指している。
現在(執筆時)開催中のカンヌ映画祭では、「Sentimental Value(原題)」、「The History of Sound(原題)」などをコンペティション部門に、「My Father's Shadow(原題)」を「ある視点」部門に出品。
また、初めて自社開発・全額出資した作品としてケリー・ライカート監督の「The Mastermind(原題)」も上映される。いずれも、映画祭だけでなく商業的にも成功する潜在力を秘めている。
MUBIの野心はさらに広範囲に及ぶ。彼らは映画雑誌や出版部門も立ち上げ、さらに、メキシコシティとロサンゼルスに映画館を建設中だ。MUBIは「観る」という行為を超えた、映画との多様な関わり方を提案している。
興味深いのは、今後MUBIが年間15本程度の映画を公開し、その予算は1本あたり500万〜2500万ドルという比較的控えめな規模を維持する方針を示していることだ。これは、大作主義に陥らず、本質的な映画体験の質を重視する彼らの姿勢を表している。
ストリーミング時代に映画館の存在意義が問われる中、MUBIはあえて『映画館で観る体験』と『自宅で観る体験』の両方を大切にする道を選んだ。A24やNEONが切り開いたインディペンデント映画の新時代に、MUBIは単なる第三の勢力ではなく、映画体験のあり方そのものを再定義する存在として台頭しつつある。
今後、『刺激的な映画ならMUBI』と言われる日も遠くないかもしれない。
<了>