AIって完璧なもの?テレビって完璧を目指すもの?【VR FORUM 2022 レポート】

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#AI #VR FORUM #テレビ #デジタルクローン
AIって完璧なもの?テレビって完璧を目指すもの?【VR FORUM 2022 レポート】

[登壇者](右から)
株式会社オルツ デジタルクローン開発担当 米倉 豪志 氏
関西テレビ放送株式会社 経営戦略本部コーポレート局総務部担当部長(CSR) 野手 正敦 氏
株式会社ビデオリサーチ 企画推進ユニット 企画推進グループマネージャー 藤森 省吾

世の中で当たり前に使われるようになったAI。最近ではテキストからイラストや写真を生成する「画像生成AI」も登場し、クリエイターの存在が脅かされるという声も聞かれます。しかし、AIというものは本当に「全知全能」といえる存在なのでしょうか。たとえば人の心を動かす番組を、コンピュータであるAIが作ることは可能なのでしょうか。今回は、AIを用いて「人間の思考」を再現する技術「デジタルクローン」を例に、コンテンツ制作におけるAI活用の方法を考察しました。

■AIで"個人の思考"を再現、脳科学者・茂木健一郎氏の「デジタルクローン」が語るテレビの価値

「デジタルクローン」とは、AIを用いて個人の思考を再現する技術です。SNSなど世の中に公開されている膨大な人々の行動・コミュニケーションデータから、「犬とはどういうものか」「好きとはどういう感情か」といった一般的な認識をもとに生成した"平均モデル"をベースに、特定の個人に関する情報やライフログを加味させることで、一般的な認識を持ちつつ、個人の"思考の偏り"を再現したさまざまなクローンができあがります。

現在、ビデオリサーチとオルツ社では、「個性を持つ人工知能」という新たな概念の検証に向け、この「デジタルクローン」技術を共同で開発中。再現した膨大な個人の思考に対して"アンケート調査"を行い、実際の調査と同等の結果を得る「リサーチ4.0」を提唱しています。

さらに21年12月には「高度な専門知識を持つ有名人のデジタルクローン」として、脳科学者・茂木健一郎氏のデジタルクローンを開発。著書やSNSの投稿などをライフログデータとして"平均モデル"に加味させることで、同氏の思考を再現させることに成功しました。

プログラム冒頭では、デモンストレーションの様子をVTRで上映。テレビやネット動画に関する質問に対し、茂木氏のデジタルクローンが次のように"回答"する模様が紹介されました。

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Q.人気があるテレビ番組の共通点は?
「やっぱりトークや音楽ですよね。特にトークはパーソナリティの性格によって人気のトークが変わってきますよ。個性が売りのタレントはトークが上手いとリスナーに印象づけることができて、番組の注目度も上がりますよね」(茂木氏のデジタルクローンの回答)

Q.「生活を守るメディア」とは何だと思いますか?
「私は、テレビ局や新聞であると考えています。生活の現場の生の声を伝えるメディアなのです。もちろん中には偏った情報もあるかもしれませんが、私たちが信頼して伝えるメディアはそのような偏りが少なく、信頼のおけるものなのですよ」(茂木氏のデジタルクローンの回答)

Q.若い世代が「テレビ」より「ネット動画」を見るのはなぜ?
時間的な制約や場所を選ばずに動画を楽しめること。ただ一つの考えとしては、動画は一度見たら忘れるともいわれるほど頻繁に情報が更新されるものですから、ある程度の時間が経過した後は、その内容を覚えておいて再訪することができないのかもしれない」(茂木氏のデジタルクローンの回答)

これらの"回答"について、茂木氏本人は「必ずしもデジタルクローンの発言は自分自身と同じではないものの、ある状況下ではそのように考える可能性が十分にある」と見解を表明。デジタルクローンの思考が個人の思考に沿った答えを返していることが立証されました。

野手氏は、茂木氏本人に直接会ったことがなくても、テレビで見た時のしゃべり方や考え方が似ていそうと感じ、「『実際の茂木氏も、たぶんこのようにしゃべるのではないか』という感じがちゃんと再現できている、ここまでできるんだ、というのが正直な感想」と驚く。もっと技術が洗練され、本当に本人かが見分けがつかないところまでいけると思う、としつつも、回答にぎこちなさが残っているところに『デジタルクローンっぽさ』を感じるので、将来的に見わけがつかないほどそっくりにする必要はむしろないのではないかと語ります。また茂木氏のデジタルクローンを通じて、茂木氏がテレビを信頼していることが伝わった一方、「茂木氏の年齢的に、テレビと一緒に育ってきたからこういう答えになるのではないか」と思ったともいい、「若い人々がどのように感じているのか、という別の観点も気になった」とコメント。藤森は、「若者ではない茂木氏の意見を再現できているからこそ、『若者のテレビの見方が最近ちょっと変わってきている』という世間のイメージとは逆の考えに気づけたのではないか」とデジタルクローンと対話することで、自身の考えを深められる可能性についても指摘します。

■"完璧な判断をする"AIを制作現場に入れる葛藤 「伸びしろが無くなるのではないか」

デジタルクローンという形で個人の思考をも再現できるようになったAI。テレビの制作現場が抱える課題に対して、どのような活用方法が考えられるのでしょうか。
野手氏は「コロナ禍による外出自粛の影響でいったん増えた個人視聴率が、平常に戻ってきた現在再び下がってきている」と、現在のテレビが抱えるリアルな"課題"を語ります。
「地デジ開始以降、テレビの耐用年数とされる10年に達したことで、ネット動画の閲覧に対応したテレビへの買い換えが進み、『最新のテレビ(デバイス)はこんなに便利なのか』と生活者のみなさんが気づいた。大手配信事業者や無料の動画共有サイトがテレビ放送と同じ高画質で見られるため、だんだんとそちらのほうに視聴時間が侵食されている。これまで地上波やBSという枠組みでテレビ局同士が争っていたが、コロナ禍を経て『本当のライバルはテレビ以外のメディア』という風潮になってきた」と野手氏。「もはやテレビ局同士で争っている場合ではない」といい、テレビコンテンツの作り方そのものに向き合う必要があると危機感をのぞかせます。

新しいものに挑戦したり、様々なことを社会に訴えかけたりすることがテレビの大きな魅力だったと思います。しかし業界自体が成熟するにつれて、視聴者にとっては『新鮮さがない』『新しさがない』と感じられるようになり、テレビ番組自体の魅力が相対的に下がって見えているのかもしれない。たくさんの選択肢から見るコンテンツを選べるようになったことで、テレビの良いところも悪いところもよくわかるようになったと感じます」(野手氏)

藤森から、海外の大手配信事業者では、AIを活用した番組作りが進められていること、企画やキャスティングにおける意思決定、視聴データを元にした盛り上がる場面の算出、視聴者の注目を引くサムネイル選択の仕組みなど、AIの活用領域が多岐にわっていることについて意見を求めると、野手氏は「テレビ番組は人間が作り、人間の心に訴えるもの」といい、さらに「実際、番組作りにおいてはかなり現場も試行錯誤を繰り返しています。『AIを使い、できれば楽をしてクリエイティブなものを作りたい』としても、なかなかそうはいかないのが現状です。」と"AIがテレビ番組を作る"という考えには懐疑的な姿勢を見せます。
藤森が、AIが「完璧である」「0か1かで作っていく」というイメージと、テレビ番組は合わないということかと問うと、野手氏は肯定。
「テレビは"100点満点"をとったら終わってしまう。自分で100点だと思ったら、その瞬間にもう伸びしろが無くなってしまうと思います。荒削りなところが常にあって、『次はもっと面白くなるはずだ』と思ってもらえることがテレビの魅力だったのではないでしょうか」(野手氏)

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■人間の"不完全さ"を再現するデジタルクローンは「テレビ業界と親和性が高い」

はたしてAIの導入は、テレビの制作現場から本当に「伸びしろ」を無くしてしまうのでしょうか。米倉氏は「AIの判断は『0か1か』と語られがちだが、実はまったくそうではなく真逆だ」と語ります。

さらに、「AIは人間の脳の仕組みをコンピュータに置き換えたもの。何かひとつのことをやるにしても、人間と同じように大量に練習し、習熟することで上達していきます。だからこそ、大きな揺らぎがあっても上手に対処できる。物事を数字で定量的に見ていくよりも、少し大雑把に対応していくほうが得意なのです。今の商習慣で求められているAIは、毎回必ず同じ正解を導き出すような優等生的なものが多いので、きれいに整理したデータで学習させている。オルツ社のデジタルクローンは、あえて不均一なデータを与えていることが大きな違いとなっています。」(米倉氏)

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「人間は元々思考が不均一なので、あまり整理せず、そのままの形を学習データとして与えます。そうすることによって『感情豊かで不完全なモデル』が出来上がり、"個性"が再現できる。『伸びしろがあることがテレビの良さである』とすれば、デジタルクローンの発想はテレビの精神に近しいのではないでしょうか」(藤森)

「人間にしても、すごく出来た長所でなく、『あの人はここがちょっとアレだけど・・・・・・』というような点にこそ魅力を感じるもの」と野手氏。「やはりそのへんが"人間らしい感情"を持つということの肝なのではないか」といい、デジタルクローンの活用法のアイデアを語ります。

「1995年の阪神淡路大震災では私自身も被災しました。いまも当時の経験を語り継ぐボランティアの方がいますが、発生から27年が経ち、その高齢化が課題となっています。地震の多い我が国では、いざというときに自分の命をどう守るかを語り継がなければならないと思いますが、実体験を受けた人も、いずれ必ず生を全うする。そうした人々の経験を有したデジタルクローンにすれば、『そのときはどうだったのか』『どうやって逃げればよいのか』と自由に対話でき、災害の経験を未来永劫語り継いでいけるのではないでしょうか」
「震災に直面し、報道を行ったテレビ局として、カンテレの社内にはたくさんの映像資料や当時のニュース原稿がすべてアーカイブされている」と野手氏。「こうした資料と、語り部の方の口述記録などをすべて合わせていけば、本当の意味で立体的な、誰もが震災のことをイメージしやすいデジタルクローンが作れるのではないか」といいます。

「とくに戦争に関しては、実体験を語れる方が本当に少なくなってきている。いまのうちに『戦争の語り部クローン』を作り、100年後、200年後でも、当時に何があったのかを語り継いでいくことが大事なのではないでしょうか」と、今後の活用シーンの拡がりについても野手氏は言及しました。

■AIは「人間をさらにクリエイティブにする」手段

「ひとの思考の再現を行い、ひとの思考の"揺らぎ"が表現できるのがデジタルクローンの良さ」と藤森。「語り部としての活用にしても、事実を再現するだけならば本を読めばよい。考え方を再現しているからこそ、『毎回違うことを言ってくれる』という点が重要」と野手氏の発言を引用し、デジタルクローンが個人の思考に対して与えるフィードバックの効果を語ります。

「茂木さんのデジタルクローンに『今日の朝に食べましたか?』と尋ねたところ、『コーヒーだけです』という返事が返ってきました。茂木さん本人いわく、『朝食がコーヒーだけという日は実際にはない』とのことでしたが、『自分の声と顔をしているデジタルクローンに言われたら、明日の朝食をコーヒーだけにしてみようかな、という気持ちになった』というのです。つまり、個人の思考を再現したデジタルクローンとの関わりが、その人本人の思考にもまた影響を与える可能性がある」と藤森。AIが個人の"代替"になるのではなく、個人を拡張する手段として活用されることへの可能性を示します。

これを受け、「特定の人のクローンが作れるのならば、普段表に出ている芸人さんのデジタルクローンに裏方の"構成作家"として入ってもらうというアプローチも可能かもしれない」と野手氏。

「スタッフが考えた複数のアイデアに対し、『どちらのほうが良いか』と会議で深夜まで延々と悩むことがあります。そんなとき、『こちらのほうが良いのでは』と出演者のデジタルクローンからリアクションをもらったり、『このテーマでは誰のどんな話で盛り上がるか』といったことをあらかじめシミュレーションしたりするようなことも、これからはありえるかもしれない」(野手氏)

「こうやったらここで盛り上がる、とスコアを出すよりも、『この人がそれを見てどう考えるか』をシミュレーションし、人間がそれを元にクリエイティブを発揮するというやり方がAIの活用の仕方としては一番有効だと思う」と米倉氏。「デジタルクローンと会話するうちに『こうやってみるのはどうだろう』というアイデアが頭に浮かんでくるようなあり方がもっとも面白い」と語ります。

また、米倉氏は、「世の中ほぼすべてのAIは正解を与えようとして作られるが、正解ではなく人間の感情に寄り添ったAI活用がデジタルクローンだ」と語ります。デジタルクローンは人間を造ろう(再現しよう)としているとも言い、「『完璧なことを答えてくれないからこの人間は使いづらいな』とは思わないように、その不完全さ、ゆらぎがずっと話していたい対話を続けたいと思わせる」のだと言います。

野手氏は番組制作への活用として、「デジタルクローンを1人の出演者として考えることもできるが、それは1つの解に過ぎず、スタッフの1人として使うなど番組のシミュレーションを先にしておくことで、今まで自分たちでは想像できなかった展開を生み出す手助けになり、クリエイティブをさらに良くすることに繋がるのでは」と話します。

米倉氏も野手氏の考えに同意し、デジタルクローンと対話を続けていると、自分とは何か、人間がなぜおもしろいのか、話すことで考え、新たな着想を得ると言います。
さらに米倉氏は「画像生成AIが登場したことで『絵描きが絵を書く時代が終わった』という悲観的な意見が出る一方、『だからこそ人間が描くべき画が変わっていく』『新しい表現を見つけられる』という希望的な見方もある。私は作曲家としても活動していますが、AIに作曲をさせるのではなく、AIと対話しながら作品を完成させていきます。AIが私のイマジネーションを"少し超える"ことで今まで想像していなかったイマジネーションが沸き上がり、普段と違う発想が生まれるのです」と語り、デジタルクローンとの対話によって自分が考えることで発想が点火されよりよい作品ができていく実例を示しました。

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野手氏は「いまは巷にDX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が溢れているが、実のところ作業量が増え、『"仕事をこなす"ことのデジタル化』に留まってしまっている。新しいデジタルの力を使って、より人間らしいクリエイティブに時間や力を注げるようになることが、本来の意味でのDXではないか」といい、「視聴者の皆さまに喜んでいただくためにどうデジタルを使うかという一つの方法論、オプションとしてデジタルクローンをうまく活用していきたい」と期待を述べました。

米倉氏はDX化の話を受け感じている違和感として「多くの人はDXという言葉通り、人間の仕事をデジタルにトランスフォームしようとしているが、私はデジタルによって人間をトランスフォームさせていくべきだと思う。そういった考えだと、AIは人間にとってとても役立つものになる」と述べました。藤森も「AIはあくまで手段」としつつ、「デジタルクローンをヒントに、テレビ局の皆様がAIを活用いただくイメージを抱いていただけたらと思います」と締めくくりました。

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