届ける力、響かせる力:これからのコンテンツ配信戦略 【VR FORUM 2025】

最終更新日:
メディア
#VR FORUM #コンテンツパワー #ドラマ #動画配信 #映画
届ける力、響かせる力:これからのコンテンツ配信戦略 【VR FORUM 2025】

[登壇者](右から)
東宝株式会社 エンタテインメントユニットライツ事業部 配信番販事業室長 岩橋 康平氏
株式会社TBSテレビ プラットフォームビジネス局長 田中 徹氏
株式会社ビデオリサーチ ビジネスデザインユニット 新規ビジネス開発グループ シニアプロデューサー
松岡 逸美

配信チャネルの多様化が進む中で、海外も含めた各プラットフォームへの配信戦略は、IP保有企業にとっての重点項目となっています。国内外で幅広く人気の強力なIPを保有する、TBSと東宝のビジネス担当者をお迎えし、これからのコンテンツ配信戦略について伺いました。

TBS:多様なプラットフォームの活用で、放送後もコンテンツが愛される仕組みを構築

セッション最初のテーマは、コンテンツ制作の初期段階から考えるべき「権利設計」と「配信プラットフォーム(以降PF)戦略」について。まずはビデオリサーチの松岡から、地上波放送後、自社コンテンツを各PFへ配信展開していくTBSの田中氏にその「最終ゴール」と「狙い」についてお聞きしました。

田中氏は、「今も昔も、できるだけ多くの人に自社コンテンツを見てほしい気持ちに変わりはありません」と基本的な考えを伝えたうえで、現在はデバイスの多様化や視聴者の生活様式の変化を受け、放送直後に無料で利用可能なPFでコンテンツを配信していると説明。さらに、TBSグループが「VISION2030」で打ち出した「EDGE(エッジ):Expand Digital Global Experience」戦略(※)にふれ、国内外の多様な視聴者にコンテンツを届けることがゴールだと回答しました。

※EDGE戦略:「デジタル分野」「海外市場」「エクスペリエンス(ライブ&ライフスタイルなど体験するリアル事業)」の3分野を重点領域とし、コンテンツ価値の最大化を目指すTBSの拡張戦略

かつてのTVコンテンツは、リアルタイム放送時にどれだけ高い視聴率(スパイク)を取れるかが勝負でした。しかし現在は、放送後にも"さざ波"のようにスパイクをつくり、視聴者にコンテンツを長く愛してもらえる仕組みの構築を目指しているといいます。EDGE戦略ではこれを「コンテンツのLTV(Life time value)」と呼んでいるそうです。例えば2024年末に公開された映画『グランメゾン・パリ』では、公開前に前作となる連続ドラマ『グランメゾン東京』や、主演を務めた木村拓哉氏の出演コンテンツを多様なPFで配信。視聴者の期待値を上げたことで、映画をヒットに導きました。

田中氏は「今はいろんなPFを通して視聴者の目に映していくことが成功の鍵」と解説。TVerのように民放各社がBVODとして安心・安全なPFを形成しているのは世界的にも珍しい例だといわれており、2024年には、パリ五輪でのキャンペーンをきっかけに無料でTVerを利用できることが広まり、新たなユーザー層として40~50代男性によるバラエティ視聴が増加したそうです。一方、SVODのU-NEXTは国内発最大のPFで大部分のTBSのコンテンツを見ることができ、現在は、ユーザーは好きなPFに入ってコンテンツを楽しむ環境が整いつつあります。

東宝:作品のジャンルに応じて配信戦略を調整。2次利用で収益を上げ制作サイドに還元したい

東宝のコンテンツ販売を担当する岩橋氏も「配信PFとの関係値は非常に重要」としたうえで、劇場公開の実写作品と、TVアニメシリーズの営業方法の一般的な違いを次のように説明しました。

・実写作品...劇場公開後は通例として、ある程度の販売展開(ウィンドウ)が決まっている。キーとなる興行収入との兼ね合いを考えつつ、作品によって「独占展開」「非独占展開」のどちらがIP認知と収益の拡大に寄与できるかを検討し、配信方針を決める。

・TVアニメシリーズ...各話の放送終了後に、各PFで一斉配信を行う。基本は非独占展開で、まずは視聴・認知を拡げていくことが大切。TOHO animationが制作に関わったTVアニメシリーズ『怪獣8号』に関しては、放送と同時に、X(旧Twitter)でも配信をするといった、新たな挑戦を試みた。

さらに松岡が外資PFとの取り組みについて質問すると、「東宝と外資系PFとの取り組みには2つのポイントがある」と岩橋氏。一つ目は制作・配給における関わり方で、例えば『沈黙の艦隊』シリーズはAmazonで制作し、東宝が配給を担当。またNetflixでは、東宝が保有する過去作品『ガス人間第一号』のリメイク制作が進んでいます。二つ目は既存IPの販売方法だといい「外資系PFは会員数や視聴数が非開示のケースが多い中で、保有するIPをどのように販売していくかは、非常に難しい」と、岩橋氏はその点が課題であると述べました。

この点について、田中氏もデータ非開示だと、どのくらいどのエリアで見られているかわからず、ビジネス的に他社との優位性を示しづらく、作り手としてのモチベーションの低下は否めないと述べました。

続いて松岡は「近年の作品作りの方針」について質問。東宝では2025年5月の株主総会で発表された中期経営計画2028の中で、「2032年までに、IP・アニメ事業の営業利益200%以上を目指す」ことを発表しています。このための具体的な施策について岩橋氏は、「ゼロからオリジナル企画をつくっていくことと、既存のIPを運用していくことの両方が大切です。また作品数を増やしていくという中で、自社幹事作品を多く持つことができれば、さまざまな権利の窓口の獲得に加え、利益の増加も見込めると考えています」と展望を含めて語りました。

「韓国企業から学ぶ"力強い"販売戦略」「ゴジラが北米を席巻」各社のグルーバル戦略は?

次のトピックでは、各社のグローバル展開について議論。まずは韓国のコンテンツコマース企業「CJ ENM」との協力など、海外におけるコンテンツ施策に積極的に取り組んでいるTBSへ、その意図を聞きました。

CJ ENMでは、子会社の「Studio Dragon」や「tvN」(CATVチャンネル)のバラエティチームをはじめ、最初からゴールを世界に置いてコンテンツ制作を進めていると田中氏。「世界の販売力・販売網もかなり強固で、学ぶ部分はとても大きい」と協業の利点を語ります。

TBSでは、tvNの制作チームとサバイバルマネーバラエティ番組『MUGEN LOOP』を共同開発して2025年3月に放送し、MIPCOMの国際フォーマットアワードでノミネートされました。またSTUDIO Dragonとはドラマ『初恋DOGs』を共同開発し、HBO Maxで世界配信したほか、韓国内でも配信・放送をしています。「とにかく多様な放送局やPFにコンテンツを打ちだしていく力強さは、われわれも勉強しないといけない」と田中氏はCJ ENMの戦略を評価しました。

一方で課題や難点も見え始めています。例えば日本のドラマ制作現場では撮影時に台本が全てそろわない状況が多くありますが、そのままでは世界に向けたコンテンツ販売は困難だといいます。田中氏は『初恋DOGs』制作時に「クランクイン時に台本が全て揃っていれば、撮影・制作費を下げられる。その分をVFXなどに充てれば、全体的な作品クオリティが上がっていく」と指摘されたことを明かし、改善点はまだまだあると振り返りました。

東宝では世界的な人気と認知度を誇るIP「ゴジラ」を保有。その中で、アニメ分野に強いアメリカの配給会社「GKIDS」の買収や、制作会社への出資など、海外のネットワークを拡充しています。

ゴジラに関しては、70周年時に制作した『ゴジラ-1.0』を北米で自社配給しヒットを記録。最終的には、米アカデミー賞で視覚効果賞を受賞する大成功を収めました。一方で商品化という意味では、地域によっては上手に展開しきれてないといい、海外担当チームがリサーチを推進中。2025年9月、台湾の三越内にゴジラストアオープンしたことを足掛かりに、ゴジラの商品化を世界展開していくことを目指していくそうです。

岩橋氏は「土台がないところに展開するうえで第一の目標とするのは、現地のファンにIPを広げていくこと。ファンとのつながりを重要視しながら、各地域でどんな作品が好まれるかを探っていきたい。その知見を、さらに新しい作品の制作に活かしていくといった"IPのライフサイクル"構築を目指して施策を進めています」と、同社独自の取り組みについて解説しました。

コンテンツ視聴状況の分析データは、配信戦略拡大の鍵となるか

ここで松岡は、両社が保有するIPの海外人気について、ビデオリサーチが提供する定額制動画配信プラットフォーム(SVOD)の視聴状況分析ソリューション「SoDA」のデータを基に紹介しました。

ビデオリサーチ「コンテンツ価値」への取り組み

東宝配給のアニメ作品『僕のヒーローアカデミア』は、2021年~2025年6月までのSoDA対象エリアだけでも16億回以上再生されています。この報告を受け岩橋氏は、「コロナ禍以降、国内外で配信PFにおける視聴数が伸び、日本のコンテンツが多く見られる状況になりました。一方で、日本のアニメ作品は年間でおよそ300本以上の新番組が放送、配信されて、飽和状態という懸念もあります」とアニメ市場の概況について説明。そのうえで、「これらが海外でどのように見られているのか『SoDA』のシステムで分かるようになるとうれしい。日本ではそれほどでも海外のある地域では視聴が伸びているなどの状況が把握できるデータは、今後のIP制作においてとても重要ですし、興味があります」とSoDAのデータに期待を寄せました。

僕のヒーローアカデミア

TBS関連会社「THE SEVEN」が携わったNetflixオリジナルドラマ『今際の国のアリス』も2025年6月までのSoDA調査対象エリアだけでも約10億回再生を記録。田中氏は、TBSグループが全額出資して設立したグローバル向けのコンテンツ開発を行う「THE SEVEN」の取り組みについて、「TBSグループの海外戦略の極めて重要な成功事例」と評価。成果に寄与したポイントは以下の2つにあると言及しました。

一つは「企画段階から明確に世界展開を意識している」こと。これによって日本の優れたIPを普遍的なエンターテインメントに昇華させていったといいます。もう一つが、「クリエイター中心の制作体制」です。「THE SEVEN」では、国内外のトップクリエイターが最高のパフォーマンスを発揮できるよう、潤沢な資金と最新の機材を準備しているそうです。同氏はこの2点がそろったことで、「従来の日本のドラマの枠を超えるような成功体験が実現された」と解説しました。

今際の国のアリス

続けて松岡は、Netflix、Amazonプライムなどの外資PFでは非開示となっている視聴データを補うために、SoDAが第三者としての測定を行っていることを紹介し、配信結果のデータがコンテンツ制作や、配信戦略にどう生かされていくかを尋ねました。

田中氏は「これまで、各PFではランキングくらいしか見られなかったが、SoDAで詳しい視聴データを見られることで反響が手に取るようにわかり、コンテンツセールスに役立っている」と回答。また、TBSは7月にデジタルマーケティング企業の「WACUL」をグループに加え、本格的にデータビジネスに参入したことを伝えました。

岩橋氏は、東宝社内のスローガンのようになっている「ファンダム」という言葉を紹介。同社内でこの言葉は「ファンを大事にする」「ファンとつながる」といった意図で使われていると言い、「TOHO animationの組織の中に2025年10月にデータマーケチームができました。今後SoDAからファンにつながるデータをいただけるようになれば、海外展開においても有効活用できると考えています」とSoDAのデータ活用に期待を寄せました。

より多くの生活者へコンテンツを届けるために。東宝・TBSが目指す「Next STANDARD」とは

最後に両社の「コンテンツ展開におけるNext STANDARD」についてお聞きしました。

まずは岩橋氏が、自身もアニメが大好きで常に「推し活」をしていると前置きしたうえで、「今のアニメファンの方の中には映画を数十回見たり、イベントで大量のグッズを買ったりすることが当たり前といった熱量の高い方が増えています。彼らの好みや感覚を知って、我々がどういう展開をしていくか考え実行することが大切。ファンダムに向けて的確な発信ができれば、コンテンツも広がっていくと思います」とあらためてファンダムの重要性について伝えました。

田中氏は、これまで放送局は「最大公約数」を相手にマス向けの発信してきたことを振り返りつつ、「これからはユーザー一人一人にフォーカスした戦略が必要になってくる」と示唆。「視聴者がどんな回遊をするのか、どんなUI/UXなら喜んでもらえるのかを想像しながらコンテンツを届けていく。ユーザー一人一人の発信力がどんどん強くなっている世界になったと感じていますので、われわれコンテンツ制作側も個にフォーカスし、寄り添っていく必要があるのだと思います」と話し、セッションの幕を閉じました。

VRF2025_day2A_matuokasan_04.jpg

全19セッション分のレポート公開中!こちらから

【本記事で紹介したサービス】
・サービス名:ビデオリサーチ「SoDA

サービス一覧