Synapse編集部が行く!日本アニメの現状 Vol.5 「アニメの楽しみ方の変遷」

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Synapse編集部が行く!日本アニメの現状 Vol.5 「アニメの楽しみ方の変遷」

これまではアニメの制作側に焦点を当ててきましたが、今回はアニメを楽しむファンの方に焦点を当てて日本のアニメの現状をお伝えします。(Vol.1Vol.2Vol.3Vol.4に続き、Synapse編集部が取材した内容を元にお伝えします。)

1.時代の変化

平成というのは、多様化と分散化が際立った時代と言えます。

昭和の時代は一極集中で、美空ひばり、長嶋茂雄、石原裕次郎、力道山、大鵬などの国民的スーパースターがいて、アイドルと言えば山口百恵や中森明菜、松田聖子、お笑いと言えば萩本欽一にドリフターズ、アニメと言えば手塚アニメに藤子不二雄にガンダムといった王道のビッグタイトルがあり、それらは誰もが認めるオーラを放ち、一般人とは隔絶した世界の中で、燦然と輝いていました。

ところが平成になると、王者と呼べる程の巨星は現れず、まさに群雄割拠で拮抗する力を持つ者や作品が、それこそ星の数程現れるようになり、さらにはネットやボーカロイド、ペイントツールなどテクノロジーのおかげで、アマチュアとプロの垣根すら曖昧になりはじめました。

さらに、ジャンル自体も多様化が進み、地下アイドル、コスプレイヤー、YouTuber、VTuber、2.5次元といった表現方法から、BL、日常系、異世界転生といった新しいカテゴリの作品も生み出されてきました。

変化のスピードが加速度的に上がり続け、宇宙が膨張するかのように多様化、分散化に拍車がかかってきています。おそらく令和の時代もこの変化のスピードが落ちることはないでしょう。

アニメにいたっては、年間のタイトル数が400を超える程に増加し、それに伴う物語の短編化(1クールアニメの増加)という潮流になり、その結果、長い物語の中で物語性や主人公の心理描写など工夫を凝らして愛される作品に昇華させていくよりも、オタクが異世界で無双するといった設定のインパクト重視の作品や、タイトルだけで内容が全て類推できてしまうような文章系タイトルの作品が目立つようになりました。

このような変化は、アニメ作品の変化のみにとどまらず、アニメを愛するファンにおいても当然のように起こっています。

昭和の時代は"アニメやマンガは子供が楽しむもの"という認識が世間では強く、大人のアニメファンは肩身の狭い思いをすることも多かったようです。ただ、平成の後半よりアイドルや俳優など著名人がアニメ好きを公表するなど、アニメやマンガは年齢関係なく広く楽しめるようになったと言えます。テレビでも、最近ではテレビ朝日の『アメトーーク!』で「キン肉マン芸人」や「キングダム芸人」など数々のアニメやマンガをテーマにした番組企画が話題になったり、NHKでも『全ガンダム大投票』『歴史秘話プリキュアヒストリア』など作品ごとのファンが盛り上がって楽しめるような番組も増えました。

2.アニメとそのファンたちの環境の変化

前述の通り、平成は多様化、分散化の時代でした。

昭和の大人たちの偏見から脱したアニメ文化は、元々のポテンシャルもあって一気に拡大し、日本の歴代興行収入ランキングでは、ジブリやディズニー、『君の名は。』などを含めてアニメ作品が上位を占めており、紅白歌合戦にはアニソン歌手や声優ユニットが出場し、『ONE PIECE』や『風の谷のナウシカ』は歌舞伎にまでなっています。

では、かつてのアニメとアニメファンの在り方はどうだったでしょうか?


草創期のアニメは子供のものでした。

作る側も見る側もアニメは子供のものだと思っていましたし、そこに疑問を持つ者はいませんでした。

アニメ映画は子供の観客動員を見込んで作られ、テレビアニメはメーカーがスポンサーとなって、子供向けの菓子や玩具の販促目的で作られていました。

子供は映画館やテレビでアニメを楽しみ、アニメの絵が描かれた菓子やアニメに出てくるロボットの玩具を買ったり、アニメのごっこ遊びに興じ、熱烈なファンは、アニメの制作会社やテレビ局宛にファンレターを送ったりもしていました。

1970~1980年頃 子供がターゲットの幼少向け文化
・アニメは子供が見るもの(低年齢の少年少女がターゲット)
・玩具や菓子の販売の宣伝手段


1980年代、『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』の成功で中高生向けのアニメがビジネスになることがわかると、原作のマンガ、ライトノベルの売上や、作品を収録したビデオ、テーマソングのレコード・CDがアニメビジネスの主流となり、中高生や大人をターゲットとしたアニメが多く作られるようになりました。

作品内容も勧善懲悪のヒーロー・ヒロインだけでは飽きられてしまうので、大人の視聴にも耐えられるような重厚なストーリーやキャラクター、世界観、さらにはハイクオリティーな作画をも求められるようになっていきます。

作品の作り手や演者にも焦点が当てられ、宮崎駿や富野由悠季といったアニメ監督への注目や、声優ブームなども起こりました。

ファンの年齢層が中高年から大人であったことから、ただアニメを見てモノを買うという受動的な行動にとどまらず、ガレージキットやフィギュア、同人誌などを自ら制作するファンが現れはじめます。

ただ、この頃はまだインターネットも普及しておらず、コミュニティがアニメ好きの友達やアニメ研究部といった限定少数の中から出ることは少なく、得られる情報や物品もアニメ雑誌やアニメグッズ店、同人誌即売会などのイベントのみという状況でした。

1980~1990年頃 中高生向けアニメの発展と、アニメビジネスの変遷
・アニメの多様化(子供向けアニメだけではなく、中高年向けアニメ、OVAが隆盛)
・アニメの収益モデルが、アニメグッズ、ビデオ・DVD、CDなどにシフト
・第二次声優ブーム(古谷徹、三ツ矢雄二、水島裕、神谷明)
・同人誌。ガレージキットの普及


1990年代に入ると、同人誌即売会「コミックマーケット」の参加者が20万人を超えるまでに成長し、ガレージキットイベント「ワンダーフェスティバル」も入場者数が2万人を超えるようになります。

いわゆる"オタク"文化を代表する街・秋葉原が形成されたのもこの頃でした。

『新世紀エヴァンゲリオン』のブームで300億円とも言われる爆発的な経済効果が生まれ、ガレージキットやフィギュア、同人誌などの市場規模が拡大した結果、秋葉原に数々の専門店が出店されたことで、アニメファンは秋葉原に通い、やがてファン同士が集う情報共有の場ともなり、秋葉原="オタク"の街という認識が定着しました。

かつて中高生だったアニメファンが続々大人になっていく中で、ビジネスターゲットの年齢層も当然のごとく上がり、それに伴って作品内容も大人向けのものとなり、放送枠も大人が視聴する深夜帯の作品が増えていきました。

1990~2000年頃 ターゲット層・ジャンルの多様化と制作本数の激増
・アニメの多様化(大人向け深夜アニメの増加)
・秋葉原が"オタク"の街へ
・第三次声優ブーム(林原めぐみ、椎名へきる、國府田マリ子、宮村優子、佐々木望、草尾毅)


2000年代、インターネットの普及により、アニメファン同士のコミュニティが盛んになり、ネット掲示板へのアニメ実況・感想の書き込みや、Blog・自作サイトなどでの情報発信が普及しました。

2000年代初期に放送された『おねがい☆ティーチャー』『おねがい☆ツインズ』などのアニメで舞台となった長野県の木崎湖近辺を巡る旅の記録や写真がネットで公開され、追従して現地を訪れるファンたちのコミュニティが形成され、「聖地巡礼」文化へと成長していったのも、こうしたネット環境が土台となっています。

秋葉原でメイド喫茶が誕生したのは、2001年開店の「Cure Maid Café」が最初だと言われています。

メイド喫茶はアニメファンたちの心を鷲掴みにし、あっという間に秋葉原中にメイド喫茶が出店され、全国にもメイド喫茶が増殖していきます。2000年代中盤になると、秋葉原のあちらこちらでメイドさんたちがチラシ配りをする姿が見られ、秋葉原の風景として定着してしまいました。

これ以降、秋葉原は、モノを売る街からサービスを売る街としての色を濃くしていきます。

アニメ作品数は2000年代後半には年間200本を超えるまでに増え、作品内容も含め、多様化と分散化が激化します。年齢層別はおろか、腐女子向けのBLモノやら、百合モノ、声優やアニメ制作会社、編集者、区役所などの業界モノだったり、ガールズバンド、美術・音楽学校、カートレースなど、これまでにない目新しいジャンルやテーマを模索するかのような作品が多数作られ、1クール放送の短い作品であることも多くなりました。

2000~2010年頃 アニメやマンガへの抵抗なし世代
・アニメの多様化・分散化が激化(1クールアニメの増加、多岐にわたるジャンルやテーマ)
・インターネットの普及
・メイドカフェの普及、秋葉原がモノを売る街からサービスを売る街へと変化
・マンガ喫茶・インターネットカフェの普及


2010年代、アニメを含む"オタク"文化が爆発的に広がりを見せ、ファンの楽しみ方や提供されるサービスや作品も多様化・分散化が激化します。

大人になってもアニメやマンガを見るのが当たり前になり、『君の名は。』や『アナと雪の女王』、『名探偵コナン』のヒットにより、今までアニメを見なかった人すらも、アニメ映画を見に行くようになりました。

これにより、アニメは一部のファン層だけではなく、広く一般層に訴求できるビジネスコンテンツとなり、多くの企業がこのビジネスに参入するようになりました。この新たに出現してきたビジネスの特徴で、特に顕著なのは、モノを販売するよりもサービスや体験を売るビジネスが多いことです。

アニメはこれまで、DVDやCD、グッズなどの販売がビジネスの主軸でした。相変わらず、ガレージキットやフィギュア、同人誌は売れていますが、アニメファンの財布は主にソーシャルゲームへの課金に費やされ、アニメのDVDやCDのいわゆる円盤ビジネスは崩壊したと言っても過言ではありません。

現在のアニメビジネスは、秋葉原がいち早くモノを売る街からサービスを売る街に変化したように、サービスや体験を売る方向にシフトしているように思われます。

アニメコラボカフェ、リアル脱出ゲーム、2.5次元舞台、声優ライブなど様々な体験形サービスが増え、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンでは、『名探偵コナン』、『進撃の巨人』、『新世紀エヴァンゲリオン』などのアニメコラボが話題を呼んでいます。

2010~2020年頃 「モノ」から「サービス」「体験」へとシフト
・アニメが日本を代表する文化に(老若男女の誰もが楽しむコンテンツ)
・アニメ聖地巡礼(舞台探訪)
・アニメコラボカフェ
・アニメコラボのリアル脱出ゲーム
・アニメを舞台化したミュージカル(2.5次元舞台)、アニメ歌舞伎
・声優ライブ(アイドルライブ、ガールズバンド、ラップ)

3.アニメと現実世界をリンクさせる楽しみ

多様化を極めつつあるアニメファンの楽しみ方の一つに、企業側のアプローチとは異なる、ファン発信のものも存在します。それは、アニメと現実世界をリンクさせるというものです。

その代表的なものは、「聖地巡礼」と、キャラクターの誕生日や記念日を祝うことが挙げられます。2000年代以降のインターネットやSNSの普及によって注目されはじめたものですが、似たようなファン行動は、昭和の時代から存在しました。

顕著な例としては、1970年3月に寺山修司主宰の劇団天井桟敷による企画で行われた力石徹の葬儀。

この実態は同年4月からはじまるアニメのプロモーションイベントではあったものの、マスコミで取り上げられたこともあって『あしたのジョー』のファン有志イベントとして一般に認知されました。

力石徹が死んだ あしたのジョーファンの集い
日時:1970年3月24日(火)15:00~17:00/場所:講談社講堂/先着500人入場無料
出席者:高森朝雄、ちばてつや、寺山修司、小池朝雄、尾藤イサオ、太田照夫(田辺ジム)、劇団天井桟敷
催し:1.アニメーションフィルム上映、2.ボクシング試合、3.力石徹葬儀、4.10分間ミュージカル
おみやげ:少年マガジンのバックナンバー、ちばてつや先生の色紙、記念バッジ、レコード歌詞
構成演出:東由多加
主催:シンジケート ジャックと豆の木、キッド・ブラザース・カンパニー/協賛:少年マガジン

フィクションの存在をあたかも現実世界に実在するかのように扱う楽しみ方というものは、アニメに限ったものでも、最近になって突然日本で生まれたようなものでもなく、古今東西で存在していました。

『赤ずきん』のシュヴァルムシュタット、『ブレーメンの音楽隊』のブレーメン、『ドラキュラ』のブラン城、『ドン・キホーテ』のラ・マンチャなど、童話や物語の舞台が観光地となっているケースは枚挙に暇がなく、シャーロック・ホームズの下宿の住所であるベーカー街221Bは、博物館となってロンドンの観光名所となっていますし、ディズニー映画でモデルとなった城には観光客が多く訪れています。日本でも大河ドラマの舞台となった地域は観光客が増加することはよく知られていますし、『北の国から』や『冬のソナタ』の舞台となった地が、ファンたち訪問客の増加によって一大観光地へと変化する現象もみられました。

ユニバーサル・スタジオ・ジャパンが『ハリー・ポッター』の世界を忠実に再現したウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッターも、フィクションの世界を実際に体験してみたいというファン心理を巧みに汲み取ったアトラクションだと言えます。

2000年代にインターネットが普及すると、アニメファンがお気に入りのキャラクターの誕生日を祝う行為をネットで発信し始め、記念日をお祝いして楽しむ行動が広まってきました。

TwitterなどのSNSが発展したことで、個人的行動に過ぎなかったファン活動に、不特定多数の人たちと一緒に祝っているかのような共有感が伴うようになったことが、拡散する一因になっているものと思われます。

アニメではありませんが、かつて1980年代に近未来を描いた映画『ターミネーター』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で設定されていた日付が現実の日時と重なると、今日は「審判の日」であるとか、主人公のマーティが過去から未来に来た日であるとか、マスコミでも取り上げられていました。

新撰組を愛する歴女たちは、昭和の頃から近藤勇や土方歳三の命日になると彼らの墓参りをしていましたが、これも同じようなファン行動だと思われます。

上記の通り、「聖地巡礼」やキャラの誕生日、記念日を楽しむというファン心理は、いつの時代にも共通した願望から生まれています。これまでは個人的な行動で留まっていたものが、ネットによって共有されることによって、ようやく世間に認知されはじめた新しい楽しみ方の種とも言えるでしょう。

こうした種が定着していくことで、アニメファンの楽しみの裾野がますます広がっていくことが期待されます。


<了>

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