変わるもの/変わらないもの ~生活者理解とマーケティングのNext STANDARDを探る~【VR FORUM 2025】
[登壇者](右から)
花王株式会社
経営企画部門 統括付 秋田 千恵 氏
株式会社インサイト
代表取締役 加藤 巧 氏
株式会社ビデオリサーチ
ソリューションユニット フェロー
ひと研究所 所長 渡辺 庸人
生活者の行動・意識・価値観が大きく変化していると言われている昨今。本当に変化ばかりしているのでしょうか。今回、生活者研究やマーケティングのフロントランナーである加藤巧氏と秋田千恵氏をゲストに迎え、ビデオリサーチ「ひと研究所」所長の渡辺とともに、生活者の実態や変化をどう捉えるか、そして「生活者理解とマーケティングのNext STANDARD」について考えました。
生活者の行動や意識が多様化・複雑化するも、基本的な生活行動パターンや価値観は大きく変わらない
セッションの冒頭では、生活者意識や行動で「変わったもの、変わらないもの」について調査データを交えながら3名がそれぞれの見解を示しました。
はじめに渡辺は、ビデオリサーチ「ACR/ex」「MCR/ex」調査データをもとに、変化の例として動画配信サービス利用者がコロナ禍以前と比べて大きく伸長している点を紹介しました。10年前と比べてスマートフォンでのネット利用やSNS利用についても伸びており、特に50、60代の利用増加が顕著で、年代による利用率の差が縮まってきていることを指摘しました。 さらに渡辺は、生活面で大きく変わった点として、働き方や家事・育児へのかかわり方を挙げました。10年前と比較して、女性の有職率は40.7%から54.9%に上昇。これに伴い、一日当たりの家事・育児の時間は女性が減少傾向にあり、男性は2倍になっています。
一方で、データを見ると、学校や仕事で外出する、在宅中心で家事・育児をするといった生活行動のパターンの構成比は、コロナ禍中は変化があったものの、コロナ禍前後で見るとスコア変動は小さいことがわかります。このことから渡辺は「私たちの基本的な生活行動パターンはそれほど変わっていない」と述べました。
続いて、花王で長年生活者研究を行っている秋田氏が、別の視点から見解を示しました。秋田氏によると、生活の価値観、満足度は大きくは変わっていないといいます。花王の調査結果によると、2006年から2024年において、「現在の生活に満足している」という人の割合は、既婚男女は概ね60~70%の間で推移しています。
同氏は、変化した部分として「家族意識」を挙げました。調査データでは、「お互い干渉しない家族がいい」「家族も大切だがその前にまず自分のことを優先的に考えたい」と考える人が増加。一方で、「子育ての方針は夫/妻と十分に話し合っている」「子どもとは友達のような対等な立場で接していきたい」という人も増えています。これらを踏まえると、現代の生活者は、個としての自分を大事にしつつ、家族それぞれの個も大事にして、家族と少し距離感をとりながら良い関係でいたいのではないかと考察しました。さらに同氏は家事にフォーカスをあてた調査データも提示し「共働き家庭の増加やジェンダーギャップの解消を背景に、家事を分担する意識が増加している。そういったデータからも、個を大事にしたいという気持ちが表れているのでは」と付け加えました。
加藤氏は、江崎グリコの中国事業責任者として2017年から8年弱、中国に赴任。赴任前後での日本のメディアの印象的な変化として、テレビ番組のターゲット化が進んでいる点を挙げました。一方で、製品のニーズや価値観はグローバルで見ても10年であまり変化がないと述べました。
このことについて渡辺も同意し、変化した点として「情報に関する意識」に着目しました。調査結果によると、「最新の情報をいち早く入手したい」という人は60代で増加しており、「得する情報がもらえるなら自分に関するデータを提供してもよい」と考える人も、年代を問わず増えていると指摘しました。
渡辺は、生活者が多様化・複雑化しているものの、根本にある価値観や基本的な生活行動パターンはあまり変わっておらず、そこには人間の普遍性・共通性があるのではないかとまとめ、変わるもの、変わらないものの構造を捉える重要性を強調しました。
商品開発におけるターゲティングの考え方とは?コアターゲット以外に意識を向けることも必要
前パートで提示された生活者の特性を踏まえたうえで、商品開発におけるターゲティングについて意見を交わしました。
秋田氏は、新商品を開発する立場で考えると、ターゲティングは重要と考える一方で、ターゲットを絞って特定の人にだけ届けば良いわけではないと語ります。例えば、同社の清掃用品「クイックルハンディ」は、カラーバリエーションの一つに「ブラック」があり、このカラーは当初、スタイリッシュな部屋に住む若者をターゲットに作ったそうです。ところが、付着したホコリが見えやすいことから、目が見えにくい人やシニア層のニーズも高かったとのこと。この事例から秋田氏は、商品価値は、当初想定したターゲットと少し違うところにも存在したと話しました。
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バイロン・シャープ著『ブランディングの科学 誰も知らないマーケティングの法則11』監訳者でもある加藤氏は、フィリップ・コトラーが提唱したマーケティング戦略のフレームワークであるSTP理論(Segmentation、Targeting、Positioning:顧客をセグメントし、ターゲットを設定し、差別化したポジショニングによって商品を生活者に訴求する)と、シャープのマーケティング理論について、自身の考えを展開しました。
まず同氏は、コトラーのSTP理論がないとブランド開発ができないと考えている一方で、近年は市場の細分化などを背景に、ブランド戦略が"より狭く、より尖った"ポジショニングを求める傾向になったと指摘。特に2010年頃から、D2Cの分野などでデジタルメディア及び広告への参入障壁が大きく下がり、OEMによる生産の増加も相まって、参入が容易に。それに伴いブランドが急増し、デジタルマーケターや通販マーケターが登場。多様な商品が次々と市場に登場するようになったと説明しました。
こうした状況の中で、ロイヤリティマーケティングやコーポレートバリューの強化といった部分だけが過度に注目されている点を同氏は懸念しています。「想定したコアターゲットだけに向けて商品を作るとニッチになる。特定の人ばかりにデジタル広告を当てるとスピルアウトする。ブランド購買者の中にはライトユーザーもたくさんいるはずで、ビジネスとして大きな成長を望むならば、コアターゲット以外にも欲しいと思わせるようなものがないとメジャーブランドになるには厳しい」と指摘し、マーケティングを実施する段階では、シャープが提唱するマスマーケティングも意識する必要があると語りました。
加藤氏の話を受けて、渡辺は"広く届ける"重要性において「コンテンツについても同様のことが言える」と述べ、主要ターゲットに向けて制作するものの、ターゲットの周りにいる人たちにも届き、支持されるものがヒット作となり、国民的コンテンツに育っていくと説明しました。
生活者に「届ける」ために考えるべきこととは?ターゲティングやAIが進化する中で考え直したい"偶然の出合い"
近年は、広告を届ける点において、細かくターゲティングができるようになりました。しかし、「ターゲットにしか届いていない」状態が果たしてよいのか、メーカー視点でお二人に話を聞きました。
まず、加藤氏が中国赴任中の経験をもとに所感を述べました。中国はデジタル化が進み、多数のテレビ番組があるものの、視聴者は減少傾向にあるといいます。また、動画配信プラットフォームやECプラットフォームもターゲティングが高度化しています。メディアが急激に広がる一方で、広告予算は増えるわけではないため、限られた予算をそれぞれのメディアに割り振ると、十分な効果が出にくい状況だと説明しました。そのため同氏は、自社製品の広告を出す際には、テレビのように不特定多数にリーチできるメディアを確保することを重視したと話しました。例えば、中国ではエレベーターや駅のデジタルサイネージで盛んに広告が流れています。ターゲティングされたものでなく、たまたま不特定多数の目に入り興味を持ってもらえるケースがある。そのようなリーチをなるべく獲れるメディアを活用したといいます。
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加藤氏の話を受けて渡辺は、「セレンディピティ(偶然の出合い)が市場を広げていく」という話に触れ、デジタルが進むがゆえに、セレンディピティの効果は重要になってくると述べました。
秋田氏は、多くの人に届ける必要性を示す例として、障害のある方へのヒアリングで得た声を紹介しました。そこでは、「自分たちは"障害者のための商品"は作ってほしいわけではない」という意見が挙がったといいます。この言葉から、ターゲットを絞りすぎることに対する気づきを得たと語りました。
さらに、「花王にはシャンプーや化粧品など、ターゲットを絞った商品があります。しかし、店舗にいろいろな商品が並ぶ状況は、生活者視点では、選択肢が多すぎてどれを選べばいいか分からなくなっている」と感じるとのこと。加えて、生活に生成AIが入り込み、AIが商品を薦める時代になってくると、生活者は自分に合うものを選ぶことを楽しめなかったり、逆に選ぶのが面倒になってしまうかもしれず、どのような届け方をするかも考えていかなければならないといいます。
加藤氏は、生成AIについて「マーケティングの高度な分析がしやすくなっている。人力では拾いきれないデータも、AIが取捨選択してデータセットの解釈をしてくれる。それは大きな進歩だ」といいます。一方で、生活者がAIを使う際に、商品やサービスについての情報がどう届くのかという部分については、情報を提供する側がAIにレコメンドしてもらうために予めコンテンツをウェブなどに載せる必要があり、コンテンツを意図的に配信していかないとAIはレコメンドをしてくれない点を課題に挙げました。
渡辺は、生活者が生成AIを使えば使うようになるほど、企業は生活者に情報を届けるために、生成AIに情報を載せる必要が出てくる。そうすると学習元がどこなのかを考えたり、AIを意識した広告キャンペーンをすることも起こりうると想定。いずれは広告を広く「AIに」届けていくような世界観もありうると述べました。
加えて、生活者研究をする中で、AIに対する生活者の変わらぬ価値観として、「リスクを下げたい」というインサイトがある点を紹介。物を買ったときに"はずれ"を引きたくないので、便利ツールとして生成AIを使いたいというニーズはあるといいます。それが、生成AIがどんどん使われる一つのきっかけになる一方で、自分の関心が高いものについては、自分で考えたいのではないかと考察しました。
これに対して秋田氏は、「人間が生成AIになるわけではないので、選ぶ楽しみは自分で持っていたいし、自分のこだわりのある分野などは自分で選ぶというところは残ってくるのでは」と予想。
渡辺も、レコメンドの世界観がこの10年ぐらいでできた中でも、生活者には「セレンディピティのような"偶然の出合い"で選びたい」「自分で選びたい」という欲求が残っていると話します。また、個人情報を常に追跡されることへの抵抗感も根強く、「こうしたニーズに応える情報提供のあり方が必要」と述べました。さらに、行動は生成AIによって変わる一方で、意識や価値観では変わらない部分、普遍性、共通性もあると指摘。両軸で考える重要性を伝えました。
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「生活者理解とマーケティングのNext STANDARD」にむけて
セッションの最後は、「生活者理解とマーケティングのNext STANDARD」にむけて、企業は生活者にどうアプローチすべきかを聞きました。
秋田氏は、「企業として生成AIの活用は欠かせない一方で、生活者を理解するのは簡単なことではなく、リアルで確認する部分はある程度残っていく。花王が作った未来シナリオには、『ヒマが社会問題になる時代』というのがある。AIが進化していくと、生活者にもっと時間ができるのではないか。(AIで便利になっても生活者は忙しくしている可能性もあるが)、そこにビジネスの新しいヒントとチャンスがあるのでは」と述べました。
加藤氏は、「生活者の価値観やカテゴリーニーズは、あまり変わっていないようだ。一方で、現在ではテレビまでターゲティングをし過ぎて、CMも一部の商品やサービスばかり流れるようになっている気がする」と指摘。続けて同氏は「テレビは、セレンディピティを得られる唯一のマスメディアだと思うので、その点を強化しては」とコメントしました。
渡辺は、人と向き合う大事さと、メディアのマス性はマーケティング上重要であることを改めて確認できたとまとめ、セッションを締めました。
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