【ふかわりょうの「魔法が解けたなら」】〜第10回 文化人よ、空気を読むな〜

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【ふかわりょうの「魔法が解けたなら」】〜第10回 文化人よ、空気を読むな〜

【ふかわりょうの「魔法が解けたなら」】 第10回 <毎週金曜更新>

テレビにおいて欠かせない存在。それは文化人。いまやバラエティーなどでも必ずその枠が用意されているほど、あらゆる番組で見かけます。その是非は置いておくとして、情報番組などは話題に合わせてその分野に特化した人物(学者や医師、ジャーナリストら)をコメンテーターとして起用することで、正確な情報をお茶の間に届けることができます。

昨今の新型コロナウイルスの報道の際にも、各局で専門家を起用した結果、複数の番組をはしごし、どのタレントよりもテレビで見かける方もいらっしゃいました。彼らにも見解の違いはあったり、周囲がうまく咀嚼することが必要だったりしますが、タレントの力だけではどうにもならないのも事実。我々の知らない専門知識を話せる文化人の意見は大変貴重です。


そしてもう一つ、テレビにおける文化人の大事な役割があります。

それは「空気を読まない」ことです。

タレントの場合、テレビに出ることが仕事なので、テレビに嫌われたくないというバイアスがかかってしまいます。だからどうしても発言の幅が限られてしまう。芸能人の不祥事やテレビ局の不祥事。身内のこととなるとトーンダウンも否めません。言いたいことがあっても、利害関係が生まれ、最終的には保身になり、緩い言葉を選びがちです。思っていなくても、「美味しい」と言ったり。空気を読んでしまう。

タレントというのは、テレビというテーマパークにおけるキャストなので仕方ないのですが、視聴者は、そう言った「テレビにありがちなもの」に嫌悪感を抱きます。


その点、文化人はテレビが主軸ではありません。テレビに呼ばれれば行くけど別に呼ばれなくても構わないというスタンスゆえに、常識と良識の範囲内で、自由な発言ができます。決して無責任ということではありません。その、時に「空気を読まず」に発する言葉が、テレビの中を浄化し、換気をしてくれるのです。

ただ、文化人もテレビに味をしめてしまうと、良くも悪くも「テレビ的」なコメントを発するようになります。求められることに応えようとしてしまう。そうして空気を読み始めた文化人は、「文化人風タレント」になります。

今やすっかりお茶の間の人気者になった林修先生も、一時期は「テレビってこういうことですよね?」と器用にテレビ的に振る舞うときもありました。あの池上彰さんですら、最近では「ジャーナリスト」というより、テレビ局の発信したいことを「代わりに」説明してあげている、「キュレーター」の側面を持っています。もちろん選挙の際は、「池上無双」なるジャーナリズム精神が発揮されますが、ウイルスの話をしている池上氏の「割り切った」姿に、もはやテレビの中のキャストであることを実感しました。


テレビは、テレビに出たい人だけで構成してしまうと、たちまち時代錯誤かつ閉鎖的で、空気が淀んでしまいます。そうならないためにも、テレビに出たいわけではない文化人が必要なのです。だから、文化人の方々はどうか、空気を読まないでください。

テレビは、空気を読む人と、読まない人のブレンドでコクが出る。タレントは空気を読んでしまうから。テレビは時代に合わせて新たな人材を外から取り込んで、換気をする。それが、テレビの寿命をのばすことに繋がるのだと思います。

<了>

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